第15話 デート③ 桜子の同級生

「あれ? 穂波さん?」


 桜子の苗字が呼ばれたので、祐奈は足を止めた。

 桜子と共に振り返ると、そこには二人の女の子の姿がある。どちらも歳は桜子と同じくらいで、一人はポニーテール、もう一人はおさげに髪をまとめていた。


 ポニーテールで元気はつらつとした女の子が、おさげの女の子の手を引っ張って、こちらに駆けよってくる。


「やっぱり穂波さんだ」

小糸こいとさん、白木しらきさん」


 二人は桜子の知り合いらしい。桜子が名前を知っているということは、クラスメイトなのだろう。前に桜子は友達なんていらないといっていたが、話しかけてくれたあたり、もしかすると友達なのかもしれない。


「桜子ちゃん、お友達?」

「あ、いや」


 困惑した表情の桜子を見て、祐奈はなんとなく桜子と二人の関係性を理解することができた。相手がどう思っているかはわからないが、少なくとも桜子は友人だとは思っていないらしい。


 二人はいい子っぽいし、ぜひとも桜子の友達になってほしいなぁ、と祐奈が思っていると、目の前でポニーテールが揺れた。


「あの、もしかして穂波さんのお姉さん?」


 純粋な瞳が尋ねてきて、祐奈は少し考える。


 祐奈と桜子は血のつながった実の姉妹ではないが、桜子の姉かどうかと言われれば姉と答えても差し支えないような気がする。ペアで一緒にいるし、周りから見れば姉妹に見えているかもしれない。


 となれば、実質姉だろう。

 祐奈は数学の授業で習った、同様に確からしいという言葉を思い出しながらうなずいた。


「うん、そうだよ」

「ちょっと!」


 祐奈が首肯すると、桜子が慌てた様子で会話に割り込んでくる。


「嘘言うのやめて!」

「あはは、ごめん」


 思いのほか強く否定されてしまったので、祐奈は謝罪をするが、桜子はほっぺたを膨らませて、ぷいっと顔を逸らしてしまった。

 そんな祐奈と桜子を見て、二人はさらに混乱したようだった。二人で顔を見合わせて首を捻る。


「穂波さん、結局どういう関係なの?」

「あ、いや。この人はシスターのペアっていうか、知り合いっていうかなんていうか……」

「あ! 近所のお姉さんって感じ?」

「それも違うけど……だいたいそんな感じ」


 祐奈と自分の関係を表す適切な言葉が見つからなかったのか、桜子は嫌々同意する。どうやら、桜子は祐奈が姉だとは認めたくないらしい。


 桜子の姉になる道のりは険しいなぁ、と痛感する祐奈とは対照的に二人は祐奈と桜子の関係性を理解したようだった。

 少し祐奈に近づいて、礼儀正しく頭をぺこりと下げる。


「あたしは穂波さんと同じクラスの小糸奏かなでです!」

「同じく白木沙弥乃さやのです」


 打ち合わせをしたわけではないだろうにまったく同じタイミングで、奏と沙弥乃が顔を上げた。息ピッタリで微笑ましい二人に、祐奈はふわりと柔らかな笑みで自己紹介を返す。


「わたしは千早川祐奈。桜子ちゃんが言ったとおり、桜子ちゃんとペアを組んでます。二人とも、よろしくね」


 沙弥乃が小さくうなずいて、奏は「はい!」と元気に返事をしてくれた。

 ふと、疑問が浮かぶ。


「そういえば、奏ちゃんと沙弥乃ちゃんは二人だけ? お母さんとかは?」

「今日は沙弥乃と二人だけ。たまにお母さんたちとも来るけど、沙弥乃と二人のほうが多いかも」

「そうなんだ。仲いいんだね」

「うん! 昔から! ね、沙弥乃」

「うん。わたしたち、お互いの家族同士もすごく仲が良くて、家も隣同士なんです」

「なるほど、幼馴染かぁ」


 というよりも、奏と沙弥乃の場合はただの幼馴染というよりは家族といったほうが近いのかもしれない。


「ところで、お姉さんと穂波さんは今日は何をしてたの?」

「わたしたち? 今日はデー」

「――わぁぁッ!? シスターの仕事の息抜きに来てるの!」


 祐奈の言葉にかぶせるようにして、桜子は早口で説明する。

 奏と沙弥乃は少し驚いた表情をしていたが、そんなことは気にしていないとばかりの桜子に腕をガシッと掴まれた。

 祐奈が桜子の顔の高さにひざを折ると、ひそひそと耳打ちされる。


「ほんとにやめて。学校に行けなくなっちゃうでしょ」

「え、どうして」

「だって、他の人に変な噂とかされたら嫌だし」

「わたしは気にしないよ?」

「わたしが気にするの! だから、お願いだから変なこと言わないで」


 クラスメイトを気にしているからか、桜子はいつもは見せないような焦った様子だった。友達はいらないと言っていた割には、周りからの見え方や評判が気になる性質らしい。

 桜子はいたって真剣な声のトーンで訴えかけてくるけれど、つい頬が緩んでしまう。


(ていうか、顔が近くない?)


 ちらと横目を向ければ、整った桜子の顔が文字通り目と鼻の先にあった。

 一度意識してしまうと、桜子の透き通った瞳や長いまつげ、綺麗な肌を思わず見入ってしまい、祐奈はさっと身を引いた。桜子が不機嫌そうにほっぺたを膨らませる。


「ちゃんと聞いてる?」

「うん、聞いてるよ。めっちゃ顔近いよね」

「なんで聞いてないの!」


 もう知らない! と桜子は可愛らしくむくれて、そっぽを向いてしまった。

 祐奈が桜子をなだめていると、やり取りをポカンと見つめていた奏と沙弥乃が小さく笑っていた。どうしたんだろう、と祐奈は首をかしげる。桜子も気がついたようで、二人に尋ねた。


「二人とも、どうしたの?」

「なんか穂波さん、学校のときと違うなぁって」

「え、そうかな……」

「なんていうか、いつもより接しやすいっていうか、たくさんお話してくれるし。あたし、こっちのほうが好きかも。沙弥乃もそう思うよね?」

「うん。学校だとクールなイメージがあるから、誰かに振り回されて余裕のない穂波さんって、けっこう新鮮だから」


 奏と沙弥乃に指摘された桜子は、どこか居心地が悪そうに視線を俯ける。

 一方の祐奈は、初めて聞いた学校での桜子の話に興味津々だった。


(桜子ちゃんって、学校ではそんなイメージなんだ)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る