第14話 デート②
席に着いてメニュー表を開いて、桜子は「わぁ」と感動にも似た感想を零した。祐奈もメニュー表に目を落とす。
「どれにするか迷っちゃうね」
ちらと桜子に視線を移すと、桜子は「うーん」と頭を悩ませながらメニュー表とにらめっこをしていた。
「桜子ちゃん、決まった?」
「まだ」
「二つくらいなら食べられると思うから、わけっこする?」
と提案しながら、祐奈はしまったと顔を渋くさせる。
祐奈と分け合うなんて、桜子なら絶対に断るだろう。しかし、そんな祐奈の意に反して、顔を上げてこちらを見る桜子はこくんと素直に首肯した。
「……そうする」
「え、いいの」
「うん。それじゃあ、これとこれ」
桜子が指で示したのは、チョコレートのパンケーキと、イチゴがふんだんに使われたパンケーキだった。
「せっかくだし、ホイップクリームましましにしちゃう?」
「ましまし」
「うん」
「いいの?」
「いいよいいよ。わたしもいつもはしないけど、今日はやっちゃおう」
お金はあとで沙織に請求しよう、と祐奈は悪戯っぽい笑みを浮かべた。それをどう受け取ったのかはわからないが、桜子も興奮気味にうなずく。
注文をして、少し待っているとパンケーキがやって来た。
運ばれてきた二種類のパンケーキを見て、桜子が目を輝かせる。
「すごい」
「わ、ほんとだ」
何度も来ている祐奈も、ホイップクリームがまるでかき氷のように乗せられている光景に目を大きくした。
学校で友達に自慢しようと写真を何枚か撮って、それを確認していると、
「食べていい?」
「あ、ごめんね。いいよ」
「いただきます」
桜子はナイフで一口サイズに切って、クリームをたっぷりとつけてフォークで口に運ぶ。口に入れた瞬間、桜子の表情がとろけたようにほころんだ。
「ん~、美味しい」
ほっぺたに手を当てて幸せそうにパンケーキを頬張っている桜子は、いつも祐奈と接している時とは違って、歳相応に見える。
そのギャップに胸がきゅんとなった。締め付けられて苦しい、というわけではないが、なんだか胸の辺りがざわざわと落ち着かない。
(可愛い……すっごい可愛いんだけど……)
上機嫌でパンケーキを食べ進めている桜子を眺めながら、祐奈も一口。
ふわふわの生地にしみこんだメイプルシロップの幸せな甘さが口の中に広がった。てんこ盛りのホイップクリームもくどくなく、ちょうどいい甘さでイチゴの酸味との相性も抜群だった。
だがしかし。
咀嚼しながら、祐奈は桜子に目をやる。
たしかにパンケーキも美味しいのだが、それ以上に桜子の可憐な笑顔が甘すぎて、祐奈はお腹いっぱいになってしまった。これはもう、パンケーキどころではない。祐奈はフォークとナイフを置いて、桜子を観察することに努める。
(……ごちそうさまです)
花より団子ではないが、パンケーキより桜子だった。
桜子と一緒にパンケーキを食べるだけでなく、こんなに可愛い桜子を見ることができるなんて、と祐奈は心の中で神に感謝の言葉を述べるのだった。
と、桜子が凝視されていることに気がついて、可愛らしく首をかしげる。
「どうしたの?」
「え」
「なにかあった?」
怪訝そうに尋ねてくる桜子に、祐奈の心臓がドキリと脈を打った。
桜子が可愛すぎて見ていただなんてバレたら、気持ち悪がられてしまうだろう。そうなればきっと、このデートはここで打ち切り。それは絶対に阻止しなければならない。
祐奈は少し大げさなくらいに首を横に振った。
「にゃっ……なんでもない。ほんとになんでもないよ」
「そう?」
誤魔化すために「うんうん」とうなずくと、ふと桜子の口元にクリームが付いているのに気が付いた。桜子の追及を逃れようと、祐奈は自身の頬を指で示して、
「あ、桜子ちゃん。ほっぺにクリームついてるよ」
「ほんと?」
指摘されて桜子は紙ナプキンを取って、クリームを拭こうとするが祐奈の伝え方が悪かったのか、反対方向を拭いていた。
じれったくなって、祐奈は人差し指ですくい取った。
「はい、これで大丈夫だよ」
「ありが――え」
祐奈が指に付いたクリームを躊躇なくパクリと食べると、目の前にいる桜子は中途半端に手を伸ばして固まった。
「どうしたの?」
「いや、だってそれ」
「へ?」
顔を俯かせた桜子のほっぺたは赤みが差しており、もごもごとつぶやかれた言葉は小さすぎて聞こえない。
そんな桜子を不思議そうに見つめていると、やがて桜子がまだ朱に染まっているほっぺたのまま、わざとらしく咳払いをした。
「それより、パンケーキ」
「あ、そうだった。うん、わたしも食べるね」
本当は桜子のことを眺めていたい祐奈だったが、桜子に怪しまれてしまう前に、その気持ちを押し殺して再びパンケーキを食べ始める。
しかし、桜子の笑顔もパンケーキも美味しいのだが、朝ごはんもしっかり食べてきたので、祐奈が食べる速度は徐々に落ちていく。これから遊ぶことを考えると、そろそろやめておいたほうがいいかもしれない。食べ過ぎて動けなくなってしまっては、元も子もない。
一方の桜子は、いまだ一口目と同じくらいのペースでパンケーキを運んでいた。それに、相変わらず幸せそうな笑顔を浮かべており、祐奈は若い力に感心して微苦笑を浮かべた。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
食べ終わり、両手を合わせて席を立つ。レジで会計をしていると、桜子が服の裾を引っ張ってきた。リュックから財布を取り出そうとしていたので、祐奈はそれを手と声で制す。
「あの、お金」
「いいよいいよ」
今日のデートは祐奈がさそったものだし、さすがに小学生に払わせるわけにはいかない。沙織に知られたらなんと言われるか。
桜子は少し不満そうだったが、祐奈が会計を済ませてしまうと、渋々財布をリュックにしまった。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
パンケーキ屋を出た祐奈はこれからどうしようか、と桜子に問いかける。
「さて、桜子ちゃん。行きたいところとかある?」
「特に、よくわかんないし」
「うーん。それじゃあ、ゲームセンターにでも行こうか」
「うん」
「いいの!?」
素直にうなずいてくれた桜子に驚いていると、怪訝そうに尋ねられた。
「どうしたの」
「ううん、なんでもないよ」
甘いものを一緒に食べたから、心を開いてくれたのかもしれない。
ホイップクリームましましのパンケーキに感謝しながら、祐奈は桜子を連れてフードエリアとは真逆にあるゲームセンターへ移動を始める。フードエリアから離れていくと、次第に洋服や雑貨の店が増えていって、いかにもショッピングモールという雰囲気が広がっていた。
適当に店頭を眺めながら足を進めていると、不意に春らしいコーディネートのマネキンが目に映る。
(あ、あの服、桜子ちゃんに似合いそう)
しかし、横を歩いている桜子は特に関心を示していないので、あの服に心惹かれることも興味もないらしい。
できれば桜子本人が着ているところを見てみたいが、祐奈は首を横に振った。
(着てくれないよね……)
さすがに無理やり着てもらうほどの仲にはなっていないという自覚があったので、祐奈は脳内で桜子の着せ替えファッションショーを楽しむことにした。
祐奈の頭の中のランウェイで桜子が五回目の登場をすると、目的のゲームセンターが見えてきた。
ひときわ活気にあふれた音楽が鳴り響き、クレーンゲームの筐体の中にお菓子やぬいぐるみなどが並べられている。リズムゲームや対戦型レースゲームなどもあるので、どれから遊ぼうか。祐奈が考えていると、
「あれ?
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