第2章 わたしは桜子ちゃんに焦がれる
第13話 デート①
日曜日。
いつもの休日ならば教会へ行く予定は基本的にないのだが、今日の祐奈は違った。
首元に花柄があしらわれた白のニットにデニムジャケット、桜色のワイドパンツと少しだけ気合を入れた格好。
何度か深呼吸をして、教会の扉をノックする。すぐに沙織が顔を見せた。
「沙織さん、おはようございます」
「おう。桜子ならテレビ見てたぞ」
と沙織に案内されて、リビングに通される。
沙織の言うとおり、桜子はテレビで占いのコーナーを集中して見ていた。白のTシャツにグレーのスカートとシンプルな服装だが、だからこそ桜子という可憐な素材が生かされており、やはり祐奈の目には天使のように映った。
近づいてくる足音で祐奈に気づいたのだろう、こちらに振り返る。そして目が合うと、瞳を大きくさせて混乱の色を滲ませた。
「え、なんで?」
休日は見回りがないと沙織に聞かされているはずなので、当然と言えば当然の反応であった。
「あのね、桜子ちゃん。今日は桜子ちゃんに用事があって」
「わたしに?」
「うん」
首肯して祐奈は目を閉じ、右手を胸に当てて息を吐く。昨日の夜、寝る前に何度も練習した言葉を心の中で唱えて目を開いた。
「お姉さんとデートしよう!」
勇気を振り絞って言った祐奈だったが、桜子は口をポカンとさせている。
「……え?」
わけがわからない、と桜子は当惑を滲ませているようだった。
「だから、お姉さんと今からデートしよう」
「意味わかんないんだけど……っていうか、今から!?」
「うん。今日さ、暇だよね?」
「いや、沙織さんと練習が」
このままでは祐奈に押し切られてしまうと思ったのか、桜子は沙織のほうに視線を送って同意を求める。この桜子の判断は賢明で、沙織にダメと言われてしまっては、祐奈は桜子と出かけることはできない。
しかし、それについては先日沙織に話を付けているので、祐奈は心にゆとりを持って話を聞くことができた。沙織が桜子の肩にポンと手を置いて答える。
「よし、今日の練習は休みにするか」
「え!」
まさか沙織が祐奈の味方をするとは思っていなかったのか、桜子は目を大きくさせた。
「な、なんで」
「まぁ、行って来いよ」
「でも!」
「息抜きするのも大事だし、この街でシスターをやってるんだから、この街のことを色々と知っておいたほうがいいぞ」
沙織に諭すように言われた桜子は憮然と言葉を失っていたが、やがて諦めたのか肩を落とした。
「……わかった」
「やった!」
ガッツポーズを決める祐奈に、桜子は呆れ気味にため息を吐いて、
「準備するから、待ってて」
やや重たい足取りで奥へと消える。
それから少しして、ピンクのカーディガンを羽織り、ハートの柄が描かれたミニリュックを背負った桜子が戻ってきた。
「可愛い! 可愛いよ桜子ちゃん」
「別に、そんなのいい」
「えー、ほんとなのに」
真っすぐな言葉で褒められた桜子の頬は桜の花びらのように染まっており、ぷいっと顔を逸らした。そんな桜子に苦笑しつつ、沙織に言う。
「それじゃ、沙織さん。行ってきます」
「おう、気を付けてな」
沙織の言葉を聞きながら、桜子の手を引っ張って祐奈は教会を飛び出した。
ひとまず駅のほうへ向かって歩いていると、ふいに桜子が尋ねてくる。
「どこ行くの?」
「ショッピングモールに行こうかなって」
電車に乗って少し遠出をしても良かったのだが、沙織の言うとおり水丘市のことを知ってもらいたい。
というわけで、近場ではあるが今回は駅の東にある大きなショッピングモールを選んだ。それにあのモールには数多くの店舗があるので桜子の好みに合ったものも必ず見つかるだろう。
「ふーん」
駅の前を通過して、さらに十五分ほど足を進める。やがてショッピングモールが見えてきた。日曜ということもあり、辺りには大勢のお客さんで溢れかえっている。
「桜子ちゃん、はぐれないようにね」
「そんな心配いらない。子供じゃないんだから」
大型ショッピングモールにやって来た祐奈が、桜子を連れてまず向かったのは四階のフードエリア。数か月前に出店して以降、巷で大人気のパンケーキの店であった。
店先のガラスケースには、ホイップクリームやフルーツ、チョコレートなど色鮮やかで宝石のように輝いて見えるパンケーキの食品サンプルが並べられている。
「ここって」
「桜子ちゃん、もしかして来たことあった?」
「ううん、クラスの子たちが話してたのを聞いただけ」
祐奈も何度か友達と訪れたことがあるが、どうやら小学生にも人気があるらしい。
言われてみると、店内にいるお客さんの年齢層はバラバラのようだ。祐奈と同じくらい、つまり女子高生が一番多いように見えるが、もっと若い人や家族連れもいる。
「それと、一回だけ、さそわれた」
「桜子ちゃん、行かなかったの?」
「だって、友達じゃないし」
少し前に、桜子は学校に友達はいらないと言っていたが、本当に作っていないのかもしれない。
というよりも、素直でない性格のせいで仲良くしたくても仲良くできないのかもしれない。
「なら、来てよかったかもね。クラスの子とお話しできるじゃん」
「……別にしなくていいもん」
「一緒に来られるかもよ」
「いいの!」
桜子の強い拒否の言葉に、祐奈は頬を掻く。
「それなら、別のところに行く?」
「え」
「ごめんね、このお店美味しいし、話題にもなるかなって思ったから来たんだけど、桜子ちゃんが行きたいところに行こうか」
「いや、別にそこまでは」
「いいよいいよ。今日は桜子ちゃんに楽しんでもらいたいから」
祐奈の個人的にはここのパンケーキを食べたかったので残念だが、桜子が乗り気でないのであれば仕方あるまい。それに、さすがは大型ショッピングモールというべきか、幸いパンケーキ以外にも食べるところはたくさんあるのだ。きっと桜子が食べたいものも見つかるだろう。
ドーナツや抹茶が有名なお店もあるので、そこに行こうかと歩き出す祐奈だったが、手を引かれたので立ち止まった。
「ま、待って」
「どうしたの?」
「……祐奈さん、このお店行きたいんでしょ」
「へ? そうだけど、わたしのことはいいよ。桜子ちゃんの行きたいところに行こう?」
そう言って桜子に移動しようと促すのだが、一向に動こうとしない。祐奈が不思議に思っていると、桜子が顔を俯けながら、もごもごと小さな声を発した。
「わたしだって、べ、別に嫌とはいってないし……」
「そうなの?」
「こういうの嫌いじゃないし、みんなが話してるの聞いて食べてみたいかもって思ってたし、祐奈さんが行きたいんでしょ?」
早口でまくし立てる桜子に気圧されて、祐奈は苦笑を浮かべた。
どうやら、祐奈は桜子がパンケーキを食べたくないと勘違いをしていたらしい。
だから桜子は、どこかへ行こうとする祐奈を引き留めたのだ。要するに、桜子もパンケーキを食べたかったらしい。
(なんだ、素直に言ってくれればいいのに)
と内心では思うが、口に出すと桜子の機嫌を損ねてしまいかねないので、そっと胸の内にしまう。
「うん。わたしが行きたいから、ここに入ってもいいかな?」
「……仕方ないから、付き合ってあげる」
とは言いつつも、女性店員に席へ案内される桜子の足取りは弾んでいた。
よっぽど食べたかったのかなぁ、と祐奈はくすっと笑みを零すのだった。
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