第11話 桜子の実力

「祐奈さん、後ろ!」

「――へ?」


 桜子が目を見開いて、大きな声をあげたので振り向く。


「ッ!?」


 祐奈はとっさにリリウムを集結させて、刀を創り出す。直後に振り下ろされた刃をなんとか受け止めた。


「くっ」


 銀の刀の先にあるのは、間違いなく吸血鬼の血器。そして、その奥には赤く輝く紅の瞳があった。


(まさか、まだ吸血鬼がいたなんて)


 桜子がいち早く気づいてくれたから良かったものの、一秒でも遅れていたら祐奈の身体は真っ二つになっていただろう。

 想像しただけで、足がすくむようだった。しかし、桜子を守らなければ、と意識を目の前の吸血鬼に集中させる。


 祐奈に不意打ちを防がれた吸血鬼は一旦距離をとった。そして、いたって冷静に、感心した様子であごに手を添える。


「ほほぅ。これを防ぎましたか」


 いかにも会社帰り、といった風貌の四十代男性の吸血鬼。あごひげを触りながら、まるで品定めでもするかのように、祐奈のことをじっと見つめてくる。


「まだお若いのに、なかなかやりますね。この新山にいやま、久しぶりに心が震えました」

「……それはどうも」

「きっとその血も、みずみずしくて美味なのでしょう。ぜひ、いただきたいのですが」

「あげるわけないでしょ!」


 祐奈が強く拒否すると、新山は苦笑混じりに肩をすくめた。


「では、力尽くでいただきましょうかねぇ!」


 新山が地面を蹴って、一気に距離を詰めてくる。

 あくまでも意識は新山に向けたまま、祐奈は桜子に向けて叫んだ。


「桜子ちゃんは離れてて!」


 桜子の返事を待つことなく新山の攻撃を受け止める。桜子が祐奈の言うことを聞いてくれたかはわからないが、新山が眼前にいる以上、信じることしかできなかった。


「他人の心配ですか。余裕ですね」


 落ち着いた声色で新山が言って、再度血器を振るわれる。

 繰り出される新山の強烈な攻撃をなんとか祐奈は受けきるが、完全に防戦一方となってしまっていた。

 どこかで祐奈も攻撃を仕掛けたいのだが新山に隙がなく、その機会が訪れない。


(どうしよう……)


 このままでは勝てないと、祐奈は思案を巡らせる。


(桜子ちゃんに手伝ってもらうのはダメだし、一回逃げる?)


 だが、すぐにその案を却下した。それだと一般人を巻き込んでしまう危険があるし、第一に新山が逃がしてはくれないだろう。

 頭を悩ませていると、新山の血器が振り下ろされた。祐奈は刀でそれを受け止めるが、あまりに重たい一撃に膝をついてしまう。

 態勢を整えようとする祐奈だったが、


「横ががら空きですよ!」

「くはっ」


 目の前にいる新山と、その血器にのみ意識を向けていた祐奈の左脇腹に衝撃があった。新山の蹴りをまともに喰らった祐奈の細い身体は軽々と吹き飛ばされた。

 コンクリートの壁に叩きつけられて、祐奈の顔が痛みに歪む。


「まったく残念です」


 心底がっかりした、と新山は深く息を吐いて、こちらへゆっくりと近づいてくる。


「少しはやるかと思ったのですが、もういいでしょう。終わらせてあげます」

「う、ぐ……」

「まずはあなたを。そして一緒にいた子供の血もいただきましょうかね」

「桜子、ちゃん」


 沙織から預かった桜子に手を出させるわけにはいかない。自分が守らなければ。

 痛みの残る脇腹を抑えながら、祐奈は根性で立ち上がった。


「まだ動きますか」

「当たり前、でしょ」


 強がってはみたものの、祐奈が劣勢であるという状況に変わりはない。

 新山との力の差も急には埋まらない。果たして、どうやってこの新山と戦えばいいのか。祐奈が考えていると、


「祐奈さんから離れろ!」


 辺りに凛とはっきりとした声が響いた。

 声の主を確認せずとも、それが桜子のものだと瞬時に理解することができた。


 一方、新山は祐奈へ向けていた足を止めて、声のほうへ顔を向けた。そして、祐奈よりも若い、いや幼い桜子の姿をその目で捉えて目を細める。


「ほう。どうして」

「わたしが相手をしてあげる」

「威勢がいいですね。見たところ小学生のようですが、手加減はしませんよ?」

「別にいい。わたしだってシスターだから」

「シスター? はっ、何を言うのかと思えば……」


 やはり、桜子ように小学生でシスターとなった人間がいることを新山も知らないのだろう。面白おかしそうに笑う。

 祐奈自身も初めは信じていなかったとはいえ、バカにしたような新山の振る舞いになんだか無性に腹が立ってくる。だが。


「桜子ちゃん、逃げて」

「ううん、逃げない」

「どうして! 危ないから逃げて!」

「嫌だ。ていうか、祐奈さんこそ」


 祐奈の言葉を桜子は頑として聞き入れてはくれない。

 ぷいっと祐奈を無視して、新山と向き合った。桜子は右手にリリウムを集結させて銀の刀を握ると、挑発するように新山に言う。


「いつでもいいよ」

「ほう、おもしろい」

 

 くくっ、と新山がのどを鳴らして血器を構えた。


「では、そこにいるシスターみたいにしてやりますよ!」

「桜子ちゃん!」


 新山が血器を振り上げ、桜子に襲い掛かった。

 しかし、次の瞬間。


「――へ?」


 祐奈の口から、素っ頓狂な言葉が零れ落ちた。


 なぜならば、あれだけ余裕な態度をとっていた新山が身体中から血を流して、倒れたからである。まるで光が一閃したような一撃に、祐奈はもちろん新山も理解が追い付いていないようだった。

 顔を上げて桜子を見る新山の顔は、驚愕と苦悶の色に染まっている。


「なにが……」


 新山が自身の身体に触れる。桜子に斬られた箇所はすでに灰と化しているようで、新山の手から、さらさらと流れ落ちていった。

 その新山を見下ろして、桜子が告げる。


「とどめ」

「ま、待ってくれ。いったい何者なのだ」

「待たないし、あなたには関係ないから」

「助け、て」

「バイバイ」


 新山が祐奈に救いを求めるかのように手を伸ばしてきたのと、桜子が躊躇なく首をはねたのは同じタイミングだった。

 続けて、桜子が新山の身体に刀を突きさすと、彼は影も形もなく灰となって霧散した。


「桜子ちゃん……?」


 祐奈には、その光景をただ唖然と見ていることしかできなかった。

 ぺたん、とその場にへたり込んでしまう。


 沙織から桜子が最年少シスターだと聞かされたときから、将来を期待されてすごい存在だと思っていた。いつか自分の手が届かなくなるような、国を代表する強いシスターになるのだろうな、と。


 その桜子や沙織の役に立つのであればと桜子とペアを組んでやってきたわけだが、祐奈は大きな勘違いをしていた。


 将来的に、ではなく、現在も桜子はとてつもない強さを持っていたのだ。祐奈など比べるのもおこがましい程に。


 祐奈が苦戦を強いられた新山をいとも簡単に霧散させた事実をはっきりと見たとはいえ、理解が追い付いていなかった。夢のほうが現実的だなんてことは言葉としてはおかしいけれど、自分が見ていたものの一部始終をそう簡単に納得して理解することはできなかった。


 銀の刃を粒子に戻した桜子が心配そうな顔つきでこちらにやって来る。


「祐奈さん、大丈夫?」

「う、うん。平気」


 厳密にいえば、切り傷やら擦り傷はたくさん負っているし、たぶん打撲くらいはしていると思う。だが、桜子に心配をかけたくなかったし、一番は情けないところを見せたくなかった。

 差し出された桜子の手をとって立ち上がる。砂ぼこりがついてしまった服を叩いて、桜子に笑顔を向ける。


「さ、見回りに戻ろうか」

「え、でも祐奈さん怪我してるから教会に戻ったほうが」

「大丈夫だって。商店街の方も見に行かないと」


 祐奈は歩き始めようとしたが。桜子に手をとられて足を止めた。振り返ると、桜子が強い意志のこもった瞳で見上げている。


「ううん、戻ろう。沙織さんだって、わけを言ったら良いって言ってくれるよ」


 ぎゅっと、触れている桜子の手に力が入った。縋るような目を向けてくる。

 明らかに桜子は過剰に心配している。たしかにまだ痛い箇所もあるけれど、すぐに病院に行かないといけない怪我ではないし、もちろん救急車を呼ぶような怪我でもない。


 しかし、桜子にこうされてしまうと、祐奈は嫌とは言えなかった。

 短く息を吐き出して、うなずく。


「……わかった」


 それを見た桜子はほっとした様子で頬を緩めて、沙織に連絡を始めた。

 すぐに沙織の許可がでたので、祐奈と桜子は教会に戻るのだった。

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