第9話 怪しい男
それから十日ほどが経過した。
いつも通り祐奈は高校が終わると小学校へ桜子を迎えに行き、教会を経由して見回りへ出発する。
最初は不安そうにキョロキョロと周りを見ながら祐奈の横を歩いていた桜子も少しずつ水丘市での生活になれたようで、今では祐奈の先に立って歩を進めるようになっていた。
「桜子ちゃん、ちょっと待ってよ」
「いや。あんまり引っ付かないで」
「でもペアだし」
「動きにくいの! 吸血鬼に会った時、すぐに戦えない」
「ご、ごめん」
「東京なら、そんなのあり得ないから」
鬱陶しそうに桜子に言われてしまったので、祐奈は仕方なく離れる。
昨日見たテレビで、心理的な距離を縮めるには物理的な距離を縮めると効果的とやっていたので試してみたのだが、桜子は警戒する子犬のようだった。これでは効果があるとは思えない。
それに、いくら祐奈と桜子がペアになってから、一度も吸血鬼に出会っていないとはいえ、いつ出くわして戦闘になるかわからないのだ。
桜子の言うとおり、常に備えておくべきだろう。
反省をしつつ、祐奈は桜子と駅にやって来た。
夕暮れ時の駅前は、桜子が水丘市に来る以前と比べても変わらない風景。これまで二人が見回りをした日々と同じく、まさに平穏であった。
沙織たちが夜の遅い時間に吸血鬼を退治したという話は何回も聞いているので、水丘市から吸血鬼がいなくなったというわけではない。だが、今日も祐奈と桜子の担当している時間帯とエリアには、平和な日常が流れていた。
「桜子ちゃん、どう?」
「特には」
「そっか。それじゃ、周辺を見て回ってから、商店街のほうに行こうか」
「うん」
駅前の国道に沿った大通りの歩道に足を進める。
街頭や店頭の灯り、車の音や人々の話す声で、日は傾いているというのに、まだまだ街は夜に沈みそうもなかった。
周囲に不審な人がいたり、おかしな出来事が起きていないか確認しながら歩いていく。
近々、都会で人気のコーヒーチェーンが出店するという情報を掴んだものの、右を見ても左を見ても吸血鬼らしい気配はなかった。
そろそろ祐奈の管轄外のエリアになるので、桜子に踵を返そうと言おうとした、そのとき。
「……あれ?」
車道を挟んだ反対側の歩道を見て、祐奈は眉をひそめる。
視線の先には、部活帰りであろうスポーツバッグを肩に掛けた女の子二人の背中があった。制服からして、おそらく中学生だろう。
だが、祐奈の目を引いたのは、その二人ではなかった。
二人の後ろを歩いているラフな格好の男性である。
これまた後ろ姿なのでなんとも言えないが、二十代後半から三十代の前半だと思われた。
女の子たちの近くには、その男性しかおらず、祐奈には男が二人をまるで尾行しているかのように感じられたのだった。
近くにはマンションが立ち並んでいるので、偶然、帰り道が同じという可能性もある。そして、女の子たちもそう思っているからこそ、警戒をしていない。
しかし、今までの経験から、祐奈は違和感を抱かずにはいられなかった。
もちろん、祐奈の杞憂と言う可能性もある。むしろ、そのほうが確率としては高いかもしれない。
だが、もし。
もしも男が吸血鬼で、彼女たちが大通りからマンションへ向かうために薄暗い路地へ入ったのを見計らって襲ったとしたら。
ここで見てみぬふりをしたら、祐奈は吸血鬼の反応を放置したということになる。そんなことは、シスターとして許されるはずがなかった。
違ったとしても、祐奈の体力がちょっと失われるだけなのだ。
ならば、やらずに後悔よりも、やって後悔。
目の前を歩いている桜子に声をかける。
「桜子ちゃん」
「なに?」
足を止めて首をかしげる桜子に、向こう側を指差して教える。
「あの人なんだけど、吸血鬼かもしれない」
「え?」
「ほら、あの女の子二人の後ろにいる」
「……たしかに、ちょっと怪しいかも」
「追ってみようと思うんだけど、いいかな?」
「わかった」
桜子もうなずいてくれたので、祐奈はまず歩道橋を渡って反対側の歩道へ移った。
見失わないような距離を保って、男を追う。男が右へ曲がったので、祐奈と桜子も右へ曲がった。
車両一方通行のその道は、一つ大きな通りから外れただけなのに、お店も街灯の数も減って寂しげな印象を抱く。
祐奈は前を歩く男にじっと目を凝らしていた。
吸血鬼か人間かを見分ける方法はいくつかある。
シスターになれば、それこそ経験からなんとなく吸血鬼だとわかるようになるし、誰にでもわかる外見的な特徴もあった。
口から覗く鋭い八重歯や、興奮したときに赤く輝く瞳。血器を持っていれば間違いなく吸血鬼だと断定することができる。
(うーん、まだわかんないなあ)
女の子たちを追って、男が道を左へ曲がる。
その一瞬。
男の瞳がぼんやりと赤色に輝いていたのを、祐奈は見逃さなかった。これは完全にクロ。間違いなく、人気のない場所で彼女たちを襲うつもりだ。
急いで追って、女の子たちを助けねば。
だが、今は隣に桜子がいることを祐奈は忘れていない。そして、沙織との約束も。
「桜子ちゃん、沙織さんに連絡してもらえる?」
「う、うん」
「よろしくね」
まだ小学生の桜子には危険なので、できるだけ離れていてもらったほうがいいだろう。
桜子が電話をかけ始めたのを見て、その場を駆けだす。
角を曲がると、郵便ポストの近くで男が二人に迫っていた。女の子たちはその場にへたり込み、身を寄せ合って震えている。
「その子たちから離れて!」
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