第7話 おつかい

「沙織さんから、コンビニで色々買って来てほしいって」


 続けて、お菓子やジュースなど買って来てほしいものをまとめたメッセージが送られてきた。

 ほとんど沙織がぐうたらと過ごすためのものだろうが、今回の場合は桜子のために買うものも含まれているのだろう。ならば、無下にはできない。


 ……最後にしれっと煙草と書いてあったが、桜子はもちろん祐奈も未成年なので、丁重にお断りしておく。ちゃんと後でお金を払ってくれるように確約を取ってから、祐奈は桜子にスマホの画面を見せる。


「そういうわけだから桜子ちゃん。コンビニに寄ってもいいかな?」

「うん、沙織さんからの依頼なら」

「ありがと」


 学校から教会へ向かう道には、祐奈がよく利用しているコンビニがあるので、そこに立ち寄る。カゴを持って、ひとまずスマホを片手にお菓子の陳列されているコーナーへ移動した。


「えーっと、まずは」


 送られてきたメッセージを確認する。

 チョコレートを適当にと書かれていた。

 メーカーやどのようなチョコレートがいいのかなどは一切書かれていないので、正直何を買えばいいのか困ってしまう。いわゆるチョコレートがいいのか、チョコレートがコーティングされているお菓子がいいのか。


(本当に適当でいいのかなぁ)


 書いていないということは、祐奈に任せたということだろう。後から文句を言われないために色々買っておこう、と思いながら棚に手を伸ばしかけて、祐奈は隣に立っている桜子の存在を思い出した。


 これから買うお菓子やジュースは、きっと桜子も食べることになるだろうから、桜子にも意見を聞いておくべきだろう。


 それに桜子が好きなお菓子を知ることができれば、仲良くなるきっかけにはなるかもしれない。まずは胃袋を掴む。

 桜子と会うときは、桜子が好きなお菓子を差し入れすることにしよう。そんな希望を抱いて祐奈は桜子に尋ねた。


「桜子ちゃん、どれを買ったらいいと思う?」


 具体性のないスマホのメモを見せる。桜子は画面をちらと見て、すぐに興味を失ったようにそっぽを向いて答えた。


「適当でいいんじゃない」

「それじゃ、桜子ちゃんは何か欲しいものある? 好きなお菓子とか」

「別に」

「もしかして、チョコ嫌い?」

「普通」

「うーん、そっか」


 今の小学生は、祐奈が思っているほどお菓子を好きではないのかもしれない。

 祐奈が桜子くらいの歳のときは、お菓子を買ってほしくてお母さんの買い物によくついていったものだ。ジェネレーションギャップというものかもしれない。


 桜子の好みを知ることはできなかったが、桜子のアドバイスを受けて、適当に棚からカゴに入れていく。


 その後、アメやクッキーなども抽象的に書かれているので、その度に桜子の好みを知ろうと尋ねた。だが、やはり何を聞いても何でもいい、適当でいいと返されてしまう。

 仕方ないので、祐奈はアメやクッキー、キャラメルなど、何種類か選んで適当にカゴに入れていった。


「あとは、ポテトチップスだったかな?」


 これも特にこだわりはないんだろうな、と思いつつも確認のため、スマホの画面に目を落とす。


「ポテチはのりしお……って、これだけ指定あるんかい!」


 一人でツッコミを入れながらも、棚からポテトチップスのりしお味を手に取る。

 これでお菓子は全て終わった。次の飲み物を買いに行く前に、桜子に尋ねておく。


「桜子ちゃん、本当にお菓子ほしいのない?」

「うん」


 本当にほしくないのか、それとも祐奈に遠慮をしているのか。

 おそらくは後者だろうな、と思いながら、祐奈と桜子は飲み物を売っているガラスケースの前に移動した。


 ちょうど自分ものどが渇いていたので、一緒に買ってしまおう。お金はお菓子と一緒に沙織に請求すればいいので、お気に入りの炭酸飲料に手を伸ばす。


「桜子ちゃん、ジュースは?」

「いらない」

「そう? のど乾かない?」

「ううん。帰ったらお茶あるし」


 頑なに桜子は首を縦には振らない。

 学校に迎えに行ったときも気を遣ってくれていたし、やはり、心の距離を感じる。


「お金は気にしなくていいんだよ? 炭酸とかどう?」

「炭酸苦手」

「そ、そうなんだ……」


 そこまで言われると、無理に勧めることはできない。

 さすがに自分だけジュースを買って飲むなんてことはできないので、祐奈は誰でも飲むことができるであろうペットボトルのお茶を二本手に取った。

 それから沙織の分の炭酸やコーヒーなどをいくつかカゴに入れて、レジへ向かう。


 店員のお姉さんがピッとお会計をしてくれている音を聞きながら、財布を取り出す。


「桜子ちゃん、本当に何も買わなくていいの?」


 それなりに品数を買ったので、会計が済むまでもう少し時間がかかるだろう。今ならまだ、何か欲しいものがあっても追加することができる。

 会計を予想して、お札を取り出しながら桜子の答えを待っているのだが、いつまで経っても返事がない。


 ついに会話すらしてくれなくなったのか、と祐奈は少しショックを受ける。

 だが、すぐに首を横に振った。桜子は返答こそそっけないが、今まで祐奈が何を尋ねると必ず返事をくれて、無視するようなことはなかった。


 不思議に思って桜子のほうを見る。桜子はレジの横にある、からあげやコロッケ、アメリカンドッグなどが並べられているガラスケースを食い入るように眺めていた。


 今は季節柄、肉まんやあんまんなどは販売されていないとはいえ、祐奈も学校帰りによく購入しているので、温かい揚げ物たちをじっと見つめている桜子の気持ちはよくわかった。


「桜子ちゃん?」


 祐奈がもう一度名前を呼ぶと、桜子ははっと肩を揺らす。


「あ、ごめんなさい」

「ううん、いいけど」


 お菓子やジュースに興味を示していなかった桜子があれほどケースを見つめていた。もしかすると、そこにあるものが食べたかったのだろうか。


「桜子ちゃん、からあげ食べたいの?」

「別に」

「あ、コロッケ? 買ってあげるよ?」

「いらない」

「遠慮しなくていいんだよ?」


 祐奈が笑いかけると、桜子は一瞬ガラスケースに視線をやったが、すぐに首を振った。


「……レジのお姉さん待ってる」

「へ?」


 指摘されてレジのほうに顔を向ける。会計を終えて、品物を袋にも入れて終わったお姉さんが困ったように祐奈のことを見ていた。


「あ、すみません」


 慌ててお金を払い、商品を受け取る。当然のように桜子が袋を一つ持ってくれたことに思わず笑みを零しつつ、お店を後にした。


「桜子ちゃん、本当に何も買わなくてよかったの?」

「いい」

「そっか。でも、はい」


 袋からお茶を取り出して、桜子に差し出す。桜子は少し目を大きくして首を横に振った。


「いらない」

「えー、でもわたしはのど乾いたし」

「勝手に飲めば」

「水分補給って大事だからさ、飲も?」


 祐奈が一歩も引かないと察したのだろう。桜子は祐奈とお茶を交互に見つめて、やがて奪うように受け取った。


 こちらを気にするようにキャップを開けて、お茶を飲み始める。やはりのどが渇いていたのか、さっきまで頑なに拒んでいたのにけっこうな勢いで飲んでいた。


 可愛いなぁと思わず祐奈は頬を緩ませる。

 そんな祐奈の顔を見て、桜子が不審そうに眉間に皺を寄せた。


「なに」

「ううん、なんでもないよ」


 祐奈ものどを潤して、一人で先を歩いている桜子の隣に移動する。


「桜子ちゃん、荷物持ってくれてありがとね」

「これくらい、普通」


 ぶっきらぼうな口調で答えた桜子の頬は、薄っすらと朱に染まっていた。赤くなったままの頬で、祐奈を見上げる。


「その、えっと、お茶」

「お茶?」

「……ありがとう」

「――ッ!」


 桜子の消え入りそうな小さな声が、たしかに祐奈の耳に届く。照れてしまったのか顔を俯かせた桜子に、祐奈はきゅんと、ときめきにも似た感情を抱かずにはいられなかった。


 顔のニヤニヤをどうにか抑えながら返事をする。手の中にあるペットボトルが悲鳴を上げていた。


「どういたしまして」


 今のところ、桜子は祐奈に対して愛想が良いとはいえない。可愛いとはいえ、お世辞にも仲良くしてくれる雰囲気はなかった。


 だが、祐奈は誤解をしていたようだ。

 本当の桜子は気を遣うことができる優しい女の子。素直になれないだけなのかもしれない。いきなり高校生の祐奈とペアだと言われて、一番困惑したのは桜子自身に決まっている。初めから姉妹のように仲良くできるなんて、虫のいい話はないだろう。


 やはり、祐奈の方から距離を縮めなければ。

 桜子の頭にポンと手を置いて、祐奈は優しく微笑む。桜子の髪はふわりと柔らかくていい匂いがした。


「レジのところもさ、何か食べたかったんでしょ? ああいうときは、遠慮せずに言ってくれていいんだよ? 少しくらい、わがまま言ってもさ」


 ありがとうを言うのと同じくらい当たり前に、それこそ本当の姉妹や友達のように頼られるようになりたい。そう思って祐奈は言ったのだが。


「食べたくないって言ったでしょ!」


 桜子はむすっとほっぺたを膨らませて、不機嫌そうに叫ぶ。そして祐奈の手を払いのけた。


「子ども扱いしないで!」

「ご、ごめん」

「ついてこないで!」

「それは無理だよぉ、わたしも教会に行くのに」


 ……桜子が心を開いてくれるまで、まだ時間はかかりそうだった。

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