第6話 桜子の過去
次の日。
高校で授業を受けて放課後になり、祐奈は桜子が通っている小学校へ向かっていた。今朝、沙織からのMINEで、桜子を教会まで送り届けてほしいと連絡があったのだった。
桜子はまたこちらに来て日が浅いため心配なのと、祐奈と桜子が距離を縮めるための配慮だろう。桜子も、沙織がそう言うのであれば断らないはずだ。
信号待ちをしている途中、祐奈は桜子にメッセージを送る。
小学校のほうが早く授業が終わるため、沙織の話だと桜子は図書室で本を読んだり宿題をしたりして、祐奈のことを待っているらしい。
少し急ぎ足で小学校へと向かう。
小学校に着くと、正門の前に真っ赤なランドセルを背負った黒髪の女の子が立っているのに気が付いた。自分が背負っていたのは六年も前のことになるのか、と懐かしく思いながら声をかける。
「桜子ちゃん」
祐奈の声で桜子がこちらに顔を向ける。
「……どうも」
「ごめんね、待たせちゃった?」
「わざわざ、ごめんなさい」
「え、どうして謝るの」
「だって、一人でも帰れるのに」
祐奈に教会まで送ってもらうことを気にしているらしい。
たしかに祐奈は沙織に命令されて迎えに来たとはいえ、まだまだ慣れない土地で不安であろう桜子のことを祐奈も心配していた。
小学生らしからぬ桜子に思わず苦笑する。
「気にしなくていいよ。わたしも沙織さんも心配なんだよ。それにさ、わたしと桜子ちゃんはペアなんだから、あんまり気を遣わなくていいよ?」
「遣ってないし」
ふいっと顔を背けて桜子が歩き始めたので、祐奈も後ろについていく。
「桜子ちゃん、待って」
「……」
二人の間に沈黙が流れる。
どうやら、前を歩く桜子は祐奈と話をしようという気はないらしい。しかし、祐奈としては沙織の言う通り二人は今日からペアとなって一緒に行動するので、できるだけ距離を縮めておきたい。
せっかく桜子とペアになったのに、仲が悪いと沙織に思われてしまってはペアを解消させられてしまうかもしれない。
ここはお姉さんとして何か話題をふらなければ。
祐奈はスタスタと前を歩いている桜子の隣に並んで話しかける。
「えっと、桜子ちゃん。何かお話ししない?」
「なんで?」
「いやー、お姉さんがしたいなぁと思って」
数秒間、桜子は祐奈を見つめたが、返事をすることなく顔を前に向けて足を進めた。心なしか、その足取りがわずかに早まった気がするが、気のせいだろう。
嫌なら嫌とはっきり言ってくれるはずなので、祐奈はその沈黙を肯定と捉えることにする。まずはお互いのことをもっと知るべきだ。
少し考えて、桜子に話しかける。
「学校楽しかった?」
「別に普通」
「友達はできそう?」
「別にいらない」
「え、どうして」
「だって、わたしはシスターだから。遊ぶ時間とか、あんまりないし」
「そうかな。桜子ちゃんと友達になりたいって子はいると思うな」
「別に関係ないでしょ」
ギロッと桜子に睨まれて、祐奈は言葉を詰まらせてしまった。年下が相手なのに情けないなぁ、と自覚しつつ謝罪する。
「ご、ごめん。この街はどう?」
「普通。でも、東京よりは静か」
「あ、桜子ちゃんは東京に住んでたんだよね、いいなぁ」
修学旅行で一度行ったことがあるのだが、山の代わりに高層ビルが並び、人で溢れかえっていた。生まれ育った水丘市のことも大好きだけど、それなりに憧れる気持ちももっていた。
ふと疑問を抱き、桜子に尋ねる。
「そういえば桜子ちゃん、こっちには一人で来たんだよね。お母さんとお父さんは?」
いくら桜子が史上最年少シスターで将来有望だとしても、小さな女の子一人で水丘市にやって来ることを両親がよく許したものだ。沙織のところに預けられるにしても、誰か一人くらいはついてきてもいいと思うし、桜子自身もよく決断したと思う。
祐奈が桜子と同じくらいのときは、お母さんと離れるなんてことは絶対に嫌だと拒否をした自信があった。
話を広げるきっかけになれば、と何気なく聞いたつもりだったが、祐奈の問いを聞いた桜子は足を止めた。
首をかしげる祐奈に、振り返った桜子は小さな声で答える。
「……いない」
「え」
「お母さんもお父さんも、吸血鬼に殺されたの」
桜子はさらっと告げたが、祐奈は衝撃を受けて固まってしまった。それでも黙ったままではいけないと、なんとかのどの奥から言葉を絞り出す。
「ご、ごごごごめん!」
完全に地雷を踏んでしまっていた。知らなかったとはいえ、こんなに幼い子供につらい記憶を思い出させてしまうなんて、年上として最低だ。
これでは、仲良くなるどころの話ではない。
「本当にごめん! 土下座、土下座しようか!? 土下座したら許してくれる!?」
あわあわと慌てふためく祐奈に、桜子がさして気にしていないような口調で言う。
「別にいいよ。気にしてない」
「へ?」
「土下座しても、お母さんとお父さんは戻ってこないし、こんなところで土下座されるわたしの身になってほしい」
「うぅ、ごめんなさい」
深々と頭を下げる祐奈に、「いいよ」と桜子は再度言って歩き出した。
正直、かける言葉は思いつかないが、このままではいけないと祐奈は急いでその横に並ぶ。
「わたしは、わたしみたいな人を減らしたいの」
ぽつりと桜子が小さな声でつぶやく。
「それが、わたしがシスターになった理由だから」
「……しっかりしてるんだね」
大好きなこの街とお母さんのためにシスターとなって活動してきたはいいものの、続けるか進路で悩んでいる自分とは大違いだ。
「しっかりなんて、してない。もっともっと、強くならなきゃ。みんなを守れるように」
小さな桜子が抱えているものに感心していると、ポケットのスマホに着信があった。画面を見ると沙織からメッセージが届いている。
緊急の吸血鬼討伐の依頼か、と気を引き締めた祐奈だったが、内容はいたって日常的な平和なものだった。
祐奈がじっと画面を見つめていたからか、桜子が足を止めて心配そうに声をかけてくる。
「どうしたの?」
「うん。沙織さんから、コンビニで色々買って来てほしいって」
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