第5話 ペア結成

「よし、決まりだな」


 かかっと上機嫌に笑う沙織に、なんだか上手いこと言いくるめられてしまったのではないか、と祐奈はジト目を送った。

 それに気づかなかったのか無視したのかはわからないが、沙織はさして気に留めず笑顔のまま続ける。


「お前も桜子も無茶はしないように」

「はぁ」

「あと、桜子が可愛いからって、手を出すのもダメだぞ」

「出しませんよ!」

「自分の娘が女子小学生に手を出して捕まったなんて聞いたら、お前のお母さんはどんな気持ちになるか」

「そんなこと心配しないでくださいよ!? わたしをなんだと思ってるんですか!?」

「冗談だ」

「もう……」


 祐奈がため息を吐いていると、奥の扉が開いて桜子がこっちへ戻ってきた。

 特に笑顔というわけではないのだが、その可愛さに「おぉ」と感嘆の声が零れてしまう。


 桜子は表情を変えることなく沙織に声をかけた。


「沙織さん、終わった」

「そうか。それじゃ、桜子こっち来い」


 首をかしげながら、桜子が沙織の隣にやって来る。沙織が祐奈のことをビシッと指差して言った。


「明日から祐奈がお前のペアだから」

「え、沙織さんじゃないの?」


 桜子も沙織が指導をしてくれるものだと思っていたのだろう。大きく目を見開いた。


「お前は学校あるだろ。それに夜遅くは活動させられないし」

「でも」


 ちらと祐奈のほうを見る。

 明らかにほっぺたを膨らませて「他の人がいい……」と不満そうな顔をしていたが、桜子は仕方なしに、とうなずいた。


「沙織さんが言うなら」

「よし、いい子だ。まぁ、時間があるときはしっかり教えてやるから」

「……うん」

「それじゃ、自己紹介がまだだろ? ほら、祐奈」

「あ、はい」


 沙織に促されて、祐奈は立ち上がる。


「千早川祐奈です。これからよろしくね?」


 笑顔を作って手を差し出す。

 決して、桜子の小さくて柔らかそうな手を触りたいなどという下心ではない。

 これからペアとして行動を共にするので、仲良くなるための第一歩のつもりだった。

 だったのだが。


「……」


 桜子は祐奈の手を一瞬だけ見て、ぷいっと顔を逸らした。


「こらこら桜子。お前もちゃんと自己紹介しろ」


 ぶすっと愛想のない桜子は沙織の修道服の袖を掴んだまま、渋々自己紹介を始める。ちなみに、視線は祐奈ではなく斜め下に向いている。


穂波ほなみ桜子」

「よ、よろしくね?」


 再度、これから仲良くしようという意味合いを込めて手を差し伸べた。けれど、やはり見て見ぬふりをされた。

 嫌われるようなことしたかぁ、と少しショックを受けつつ祐奈は手を引いた。


「祐奈、お前もしかして桜子になんかした?」

「し、してませんよ。たぶん」

「まぁ、いいや。祐奈は女子高生だけど、うちのエース候補だからな、ちゃんと言うことを聞くんだぞ」


 沙織が桜子の頭にポンと手を置いて諭すように言うと、桜子はわずかにあごを引いてうなずいた。

 そして祐奈には目をくれることもなく、背を向けてソファに座ってスマホを触り始める。


 明らかに沙織との接し方に差を感じて、祐奈は頬を掻いた。そんな祐奈を励まそうとしてくれたのか、明るい笑顔を浮かべた沙織に肩をバシバシと叩かれる。


「そんな心配すんなって。人見知りしてんだろ」

「そうだといいんですけど……」

「大丈夫大丈夫。それより飯にしよう。桜子が来たことだし、昼は蕎麦だな」

「えぇ」

「祐奈はどうする? 一緒に食うか?」

「えっと、じゃあお言葉に甘えて」

「ほいほーい」


 軽い調子で応えながら、沙織は早速スマホで出前の注文を始めた。

 その後、出前の蕎麦が届いて三人で食卓を囲む。


 沙織が出前を頼んだお店は地元では有名なところだったようで、しょうゆベースのつゆに絡むコシのある麺はのど越しが良く、天ぷらも絶品だった。

 祐奈に対して、にべもない桜子も一口目に目を見開き、舌鼓を打ちながらご機嫌で食べ進めていた。


 ご飯を食べて終わり、両手を合わせてお箸をおく。先に食べて終わっていた桜子は、すでにソファのほうへ行ってテレビを見始めていた。

 お茶を飲んで祐奈も立ち上がる。


「それじゃあ沙織さん、わたしもこれで。ごちそうさまでした」

「おう。あ、ちょっと待って」


 ペコリと頭を下げて、帰ろうとしていた祐奈は呼び止められたので足を止める。

 振り返ると、沙織はつゆを飲み干そうとしていたのか、蕎麦の入っていた大きなお皿を両手で持ち上げようとしていた。


「血圧上がりますよ」

「わかってるよ。それより、こっち来い。耳貸せ」


 手招きされたので、沙織の隣に移動して座っている沙織に合わせて少し屈む。と、こそっと耳打ちされた。


「桜子にはあんまり戦わせないように、とのお達しだから。それは頼むぞ」

「……? もちろんです。いくら将来期待されてるとは言っても小学生ですし」

「そうか、ならいい。明日からよろしくな」

「はい。お蕎麦、ごちそうさまでした」


 もう一度頭を下げ、手を振る沙織に見送られながら祐奈は教会を後にした。

 母親の待っている家へと足を進める。その途中、お日様が高い位置でさんさんと輝いている空を見上げて、祐奈はため息を吐いた。


(明日から、桜子ちゃんとペアかぁ)


 可愛い桜子とペアとして見回りできるのは大変喜ばしい限りだが、今日の桜子の反応を見ると不安を覚えずにはいられなかった。


 祐奈は一人っ子であるため、妹がいない。よって、十歳近く年の離れている桜子とどう接して仲良くなっていけばいいのか、全くわからなかった。


 とはいえ、沙織にやると言った以上はやるしかない。桜子と距離を縮めたいのと、力になってあげたいのは本心なのだ。


(がんばろう!)


 明日こそは、桜子が自分に笑顔を見せてくれますように。

 よしっ、と気合を入れ直して、祐奈は帰路に就くのだった。

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