第34話 褒める俺、頑張るお前
俺が考えた月宮を褒めちぎる応援演説。正直言って恥ずかしい。でも、これも月宮のためだ。俺は覚悟を決めて口を開ける。
「皆さんこんにちは。応援弁士の日野冬馬です」
ざわめきが起こるがすぐに収まり、体育館は静寂に包まれる。俺が人前に出るのがそんなにおかしいか。……おかしいよな。普段の俺の様子を知る奴らからしたら。だが、土屋だけは遠くから温かい視線を送ってくれているのが分かる。
「生徒会役員として必要な力とは何か、考えてみてください」
聴衆の注意を引きつける初めの言葉。スタートが大事なんだよ。いや、ネットで適当に調べただけだが。
「月宮さんにはその力があります。何より大きいのは、人に好かれる人柄です。月宮さんならきっと生徒からも教師からも信頼される、素晴らしい生徒会の一員となることができるでしょう」
ここで一呼吸置く。ふと横を見ると、月宮は照れ臭そうに後頭部に手を当てて笑っていた。演説中だぞ、慎め。
「生徒会選挙を勝ち抜いた暁には、生徒のために活躍する人材となってくれるはずです。だから……」
そこで俺は手を広げて月宮をアピールする。
「皆さん、よろしくお願いします! 是非、月宮光さんに清き一票を!」
大きな拍手が起きる。俺の出番はここで終わりだ。やってやった。聴衆の反応は悪くない。俺はやればできるやつだ。よし、このままの調子で……。
『それでは次に、月宮光さん、お願いします』
月宮の演説もうまくいくことを願っている。
お前ならできる。信じているからな。
「みなさんこんにちはー。生徒会役員候補の月宮光でーす」
緊張感のないゆるい喋り方。それはいつもの月宮と同じだ。
「生徒会に入ることが私の夢でした。今こうして壇上に立っていることはとても嬉しいです」
胸に手を当てて話し続ける。
「生徒会に入りたいと思ったきっかけを作ってくれたのは、日野くんでした」
ここで俺の名前が出てくるだと? 思わずドキッとする。俺が月宮に何か影響を与えることがあったか? 何も思い浮かばない。
「日野くんはいつも私に優しくて、そんな風になりたいと思ったので生徒会に入りたいと思いました」
俺に憧れて……だと? 確かに俺は月宮が喜ぶようなこともたくさんした。だが、それで憧れられるようなことがあるか? 疑問を残したまま話は進んでいく。
「私が生徒会に入ったら、公約として……、なんだったっけ」
肝心なところを忘れる月宮。さすがド天然だ。観客からクスクスと笑いが起きる。
「あの子可愛いね」
「ド忘れしちゃってるよ」
だが、月宮は続ける。
「公約、忘れちゃいました。えへへ……」
頭に手を当てて苦笑いを見せる。わざとか? いや、月宮のことだからガチで忘れたのだろう。
「代わりに、新しい公約が思いつきました。『優しさを広める』です!」
拍手が起きる。月宮の思いつきにしてはいいじゃないか。それに、月宮らしくて。
「これで終わります。ありがとうございました!」
月宮が終了を宣言した後、今までにない大きな拍手が鳴り響いた。途中で少し詰まったが、最後までやり抜いたことに対する賞賛だ。月宮が席に戻る時、俺に笑顔を向けながら歩いてきた。
☆
演説会は一通り終了し、俺たちは会議室に戻る。まず最初に俺がしたのは……。
「イッター!」
月宮の額に強烈なデコピン。痛がる月宮は俺に不思議そうな視線を向ける。
「痛いよ……。なんで……?」
「その……、演説に俺を出すな……」
「えー、具体的な例を入れた方がいいんじゃなかったの?」
「そうは言ったが……」
俺が出ると色々不都合が生じるんだ。月宮と変な関係性を疑われるのは嫌だし、何より照れるから。
「もしかして、照れてるの?」
「黙れ」
俺が睨んでも月宮は怯まない。それどころか嬉しそうだ。調子が狂う。
「日野くんも可愛いところあるね」
「うるせーよ……。もう教室帰るぞ」
「あ、待ってよ」
俺はすぐに会議室を飛び出す。月宮も後ろからトコトコと付いてくる。
「ねえ、私って人に好かれる人柄なんだよね? 日野くんは私のこと好き?」
「あれはお前を客観的に見た時の長所だ。俺はお前なんて好きじゃない」
「へー」
ニヤニヤしてばかりでムカつく。俺の言葉を全く聞いていないようだ。それに、大勢の人の群れの中でそういう話をされると誤解が生まれそうだからやめてほしい。
「教室戻ったらたくさん話そうね」
「嫌だ」
「嫌な時の顔じゃないね」
「ふん……」
俺たちは騒がしい廊下をゆっくりと歩いて教室へと戻っていった。
☆
「光ちゃん! 日野くん! よかったわよ!」
土屋が第一声、歓声をあげながらこちらにやってくる。
「私、途中で言うこと忘れちゃったー。てへへ」
月宮はまた恥ずかしそうに頭に手を当てた。
「最後までやりきれてよかったじゃない。日野くんも色々考えてくれてたみたいだし」
「まあな。俺は別にどうってことない」
なんてカッコつけてしまうが、実は緊張で足が震えていたなんて言えない。台で足元が隠れててよかったー。
「開票が楽しみだねー」
「そうだな。まあ月宮なら大丈夫さ」
「え?」
「……なんでもない」
月宮から顔を背けたまま、俺はボソッと呟いた。
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