第35話 一匹狼の俺、付いてくる君

 開票の日。こんなにドキドキしたのはいつぶりだろうか。高校入試の合格発表日でさえここまでではなかった。当選者は掲示板に張り出される。月宮とともに張り出されている廊下へと向かった。

【当選者】と書かれた掲示板。俺たちと同じく立候補者とその友達が大勢集まっている。


「私の名前あるかな……」

「行ってこい」


 俺は月宮に言い放ち、背中を押す。月宮は「うん!」と元気よく返事をして人混みの中に入っていった。

 待つこと数分、掲示板の前にいた人たちがぞろぞろと捌けていく。いよいよ月宮が掲示板の前に立った。正面を凝視している。順に目で追っていく。月宮の名前は……。

 月宮は俺の方に向き直った。小走りでこちらに近づいてくる。


「日野くん! 私の名前あったよ!」


 月宮は普段から笑顔が多いが、今回のは今まで以上の喜びがこもっていた。俺も自分のことかのように嬉しくなる。


「ついでに、水野委員長も当選してたよ」


 ということは、これからは水野委員長ではなく水野会長とお呼びしなければならないな。

 周りの生徒たちもそれぞれ反応を見せている。近くでは金田の姿もあり、大勢の友達に囲まれて祝福を受けていた。俺の姿に気づいたのか、こちらに近づいてくる。


「おめでとう。よかったな」


 金田は祝福の言葉を送る。下手すれば月宮の頭を撫でてしまいそうだったが、さすがはパリピ日本代表、場をわきまえる男だ。


「いやー、ありがとう。孝宏くんもよかったね」

「おう。ありがとな」


 喜びを分かち合う二人を見て、俺も笑顔になる。


「じゃあ、教室戻ろっか」


 いつの間にか時計の針は授業開始五分前を指している。俺が後ろに振り返ろうとしたところ、金田に肩を掴まれた。


「ちょっとだけ待っててくれ」


 月宮たちが教室に帰っていくのを横目に、俺と金田の対談が始まる。


「俺、日野の応援演説を聞いて思ったんだよ」


 改めてなんだろか。まさか、俺の演説があまりに優れていたから100万円くれるとか!?


「月宮はお前がお似合いだ。応援したくなっちまう」

「は?」


 何が言いたいんだこいつは。俺と月宮がお似合い? 話の流れが全く読み取れない。金田の目は本気だ。強い意志を感じる。俺は唾を呑み込み、話の本題を待った。金田は再び口を開く。


「日野と月宮が付き合うってんなら、俺はもう諦める」

「いや、俺は月宮のことなんて……」

「素直になれよ。どうでもいいやつとあんなに仲良くしねえって」

「……」


 何も言い返せなかった。俺が月宮に対して特別な気持ちを抱いていることは、もうごまかしようがなかった。


「さあ、そろそろ戻ろうぜ」

「ちょっと待てよ!」


 言うだけ言って去る。勝手な男だ。こいつはこいつで何も変わっていない。


「月宮は、俺のことをどう思ってるんだろう……」


 そんな独り言が口から漏れる。小さくなっていく金田の影を追って駆けていった。


 ☆


 教室に帰ると、月宮と土屋が大いに盛り上がっていた。


「光ちゃん、おめでとう!」

「ありがとう! 優子ちゃんも応援ありがとね!」


 土屋と月宮が肩を組みながらくるくる回っている。俺だったらすぐに気分悪くなると思う。車酔いしやすいし。


「日野くん、おかえり。遅かったね」

「ああ、金田がうるさくてな」


 月宮はこれ以上の深入りをしてこなかった。いつの間にか空気が読めるようになったのか。


「あっ、でも私が生徒会に入ったら日野くんや優子ちゃんと会う時間が少なくなっちゃうかも……」

「大丈夫よ。私はいつも光ちゃんのお友達だもの」

「日野くんは?」

「俺は……」


 ずっと一緒。昔、そう誓い合ったやつらはことごとくいなくなった。今回は信じてもいいのだろうか。


「月宮がいいなら、俺も仲良くしてやっていいぞ」

「わーい! 日野くんがデレた!」

「デレてはねえだろ」


 でも、本当にいいのだろうか。高校生活残り二年間を月宮と過ごしていいのか?

 月宮と一年間過ごして分かったことがある。仲間は選ぶものじゃない。一緒にいていい理由を探す必要なんてない。月宮は俺にとって唯一無二の存在だ。


「じゃあ、みんな一緒だね!」


 俺はこの瞬間に、友情とは何かを悟った気がする。俺は今まで知らなかったのだ。本当の友達とは何であるかを。信頼して、助け合って、一緒に笑いあう。それだけでよかったのだ。無邪気に笑う月宮の姿をいつまでも見つめていたくなった。


 ☆


 放課後、土屋は用事があるからと言ってすぐに帰っていった。残される俺と月宮。なんだか今日はすぐに帰る気にはなれなくて、なんとなく月宮に話しかける。


「……帰らないのか?」

「うーん、みんなが帰るまで待ってようかな」

「じゃあ、俺もそうしよう」


 二人でクラスメイトたちが教室を出ていくのを眺める。次々と部活やら帰宅やらで教室を去っていき、ついには俺と月宮だけが残された。


「じゃあ、もう帰るか」

「ううん、こっち来て」


 月宮は俺の袖を掴むと、窓際の席に俺を連れて行った。俺はなすがままについて行く。月宮と向かい合って座った。


「日野くんは本当にカッコいいよね。自分らしさがあるというか。私、本当に憧れるんだ」

「そう……、か」


 面と向かってそんなことを言われるとさすがに照れる。月宮は言葉を続ける。


「私ね、好きな人いるだよねー。誰のことか分かる?」

「それって……」

「ドキドキする?」

「……ああ」


 目も合わせることができない。


「私もドキドキしてるよ」


 そう言って月宮は俺の隣に移動してきた。そして俺の手を握る。


「今日は手を繋いで帰っていい?」

「……ああ」


 月宮の手は小さくて可愛らしかった。いつまでも離したくないと思うほどに。


「日野くんの手、あったかいね」

「お前もな……」

「ねえ、照れてるの?」

「……照れてない」


 そう言う月宮の顔を見ると、夕日に照らされて赤く輝いていた。


「照れてるね」

「……うるさい」


 月宮は、俺が今まで見た中で一番可愛い笑顔を見せていた。俺はこの顔を一生忘れることはないだろう。

 確かな足取りで土を踏み、金色の日の光を浴びる。風で木は揺れ、川を流れる水の音も心地よい。東の方からは、早くも月が昇ってきた。


 完

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