第33話 聞く俺、緊張するお前

 いよいよ始まる生徒会選挙。学校中の生徒が体育館に集まり、開始を待っている。候補者は定員を超えている。つまり普通に落ちる選挙である。俺たち候補者と応援弁士は体育館近くの会議室に集まっていた。


「いよいよだね」


 月宮が緊張した様子で話しかけてきた。月宮とて緊張することはあるし、俺だってそうだ。会議室は多くの人で溢れており、これから始まる選挙の厳しさを表している。


「うまくできるかな……」

「お前次第だ」

「日野くんは?」

「俺は……」


 できるだろうか。俺も心配で仕方なかった。応援演説には正解がない。何がどう作用して月宮に勝利をもたらすか分からないのだから、確実なことは全く言えなかった。


「俺も頑張るさ」


 そんな月宮を安心させるように、俺ははっきりと答える。「そっか」と安心したような顔の月宮。不安を見せない方が月宮のためになるだろうから、自信があるように取り繕う。だが、それはきっと見抜かれているだろう。


「日野くん、月宮さん、私も頑張りますわ」


 今回の会長候補、水野委員長がやってきた。会長候補は彼女の他にはいないため、余計なことをしなければ落ちることはまずないだろうが、余計なことをしてしまうのが水野委員長という人なのである。


「実は私も緊張していますわ。でも、生徒会長の座は私がいただきますわよ!」


 さすがの自信といったところか。この人はある意味不安だ。

 そして次は金田が意気込みを語る。


「俺も日野に負けないように頑張るぜ!」

「頑張れよ」


 適当にあしらうと、金田は不満そうな顔を浮かべた。お前に構ってやるほどの余裕はない。


「みなさーん、移動の時間です」


 そうこうしているうちに呼びかけがかかり、大勢の人たちが体育館に移動する。それぞれの顔は気合いに満ちていた。


 ☆


『これより、生徒会選挙を始めます』


 放送部の司会が開会の言葉を述べる。その間も俺たちの緊張は高まるばかりだ。


『それでは初めに、生徒会長候補の水野萌さん、お願いします』


 合図とともに水野委員長がステージ中央に移動する。


「皆さんこんにちは」


 緊張を感じさせない落ち着いた態度。堂々とした佇まいに見惚れる人もいるだろう。美しい黒髪に、凛とした顔立ち。どこからどう見ても美少女のはずだが、普段の金持ちアピールとお嬢様口調がうざすぎて忘れていた。


「ご紹介にあずかりました、水野と申します。図書委員長を務めています」


 なんだ、普通に喋れるじゃん。お嬢様口調でしか喋れないと思ってた。


「私が生徒会長になってやりたいこと、それは……」


 水野委員長はゆっくり、しかし力強く語る。ここまでは完璧としか言いいようがない。説得力を持ち、聞き心地の良い話し方だ。


「私が……、一番になる!」


 そう叫ぶと共に彼女は両手でガッツポーズを掲げる。

 体育館は静寂に包まれた。好奇の目に晒されるとともに話し声が聞こえ始める。


「あの人ヤバくない?」

「でも可愛いからいいか……」


 可愛いは正義? この奇行も成功に貢献しつつあるのは水野委員長であるからに他ならない。もしも俺がやってみろ。生徒会長には落選し、翌日からクラスメイトに罵倒される日々だ。


「私は生徒会長になって、あなたたち一般生徒に崇められる存在になるのですわ!」


 生徒会長は単なる生徒会の長であり、君主ではない。恐ろしいやつだ。


「生徒会長って独裁者だったっけ?」

「やっぱりヤバい人だね……」

「うーん、可愛いからよし」


 また生徒たちがザワザワする。最後のはお前の趣味だろ。


「もちろん、人民のために働くので是非とも私に投票してくださいませ!」


 ここで演説は終わった。生徒のことを人民って言うな。大きな拍手が送られる。ある意味で注目を浴びたことにより、俺の考えでは当選確実だ。

 次、金田の番だ。


「こんにちは、金田孝宏です。よろしくお願いします」


 金田の演説は実につまらない普通なものだった。目安箱を置く。そんなありきたりな案で乗り越えようなど甘い、チョコレートかけドーナツより甘い。……と言いたいところだが、金田は元々人気があるので演説の内容がスカスカのカスカスでも通ってしまうだろう。不平等だ。文句を言っても仕方ない。俺はため息をついて頭に手を当てる。


 ☆


 ついに俺たちの番が回ってきた。心臓の動きはさらに加速し、緊張は高まるばかりだ。俺は隣にいる月宮に話しかける。


「やるぞ」

「うん!」


 力強く頷く月宮。この大きな勝負、負けるわけにはいかない。それは月宮も承知の上だ。


『次に、月宮光さんと応援弁士の日野冬馬さん、お願いします』


 俺と月宮は中央にゆっくりと歩いていく。目の前には大勢の人たち。皆、期待に満ちた顔をしているように見えた。ステージの上からは土屋のいる場所も分かる。俺は唾を呑み込む。


『それでは、応援弁士の日野冬馬さんからお願いします』

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