第30話 待てない俺、呼ぶお前

 クリスマス。それは本来宗教的な意味を持ち、キリスト教徒たちにとって特別な日である。家族全員が揃って過ごし、記念日を祝う。それがどこで捻じ曲がったのだろう。日本では恋人と過ごす日に変貌した。恋人のいない俺にとってはなんの変哲もない一日だが、ケーキとチキンはうまいので悪い日だとは思わない。そんなクリスマスだが、今年は一味違う。数日前……。


『クリスマスに一緒に遊ぼうよ』


 月宮からのメッセージ。いや勉強しろよ。赤点なんだから。どうやらクリスマスは補習がないようだが、そんな態度だからまた赤点を取るのだ。


『勉強しろ』


 とだけ返信した。


『ひどーい!』


 ぷんすかぷんすかしたスタンプとともに怒りを露わにした。怖くない。


『クリスマスくらい遊ぼうよ』


 確かに、最近作業ばかりで疲れてきた。たまには遊んでもいいような気がする。


『クリスマスは土屋と遊ばないのか?』

『日野くんと二人がいいな……』


 意外な言葉に驚く。月宮は大勢で遊ぶのが好きなものだと思っていた。これは一体どういう意図が?


『いいけど』

『本当に? やったー!』


 そんなわけで、あっさりとクリスマスの予定ができてしまったわけだ。月宮の誕生日パーティーの時と同様、電車で長時間移動した後、ドアの前に立つ。インターホンを押すとほぼ同時にドアが開く。


「日野くん!」

「お、おう……」


 思わず仰け反ってしまった。あまりにも勢いが良すぎる。


「来てくれてありがとうね!」


 満面の笑みで迎えられる。月宮は黄色のスカートを履き、茶色のコートを羽織っている。髪はいつものショートだが、金色に輝く髪飾りが付けられている。月宮は俺の手を掴み、家の中へと連れ込んでいった。

 月宮の家は相変わらず、田舎者の俺を嫉妬させるものだった。市内ではこういう家が当たり前なのだろうか。俺の家は平屋で畳ばかりだが、ここはフローリングだし、二階建てだし、天井でグルグル回ってるプロペラみたいな名前も分からないやつもある。一体どんな生活を送れば、こんな家に住めるのだろう。


「私の部屋で待っててね。お茶淹れてくるから。あっ、ココアがいい?」

「いや、俺ココアしか飲まないわけじゃねえから」

「そっか。じゃあ、紅茶にしとくね」


 月宮はそう言い残して階段を降りていった。俺は案内された通りに彼女の部屋に入った。前回来た時はあまり見る暇がなかったが、なかなかセンスのいい部屋をしている。綺麗な柄のカーペット、ふわふわしてそうなベッド、少女漫画がたくさん詰まった本棚、ドレッサーもある。なんというか、おしゃれだ。それしか浮かばない。


「お待たせー」


 月宮はお盆に紅茶の入ったカップを載せて部屋に入ってきた。そして部屋の中央のテーブルにそれを置き、俺の前に座った。


「それで、今日呼んだのはなんでだ?」

「メリークリスマス! だよ!」


 月宮は得意気にそう言い放ち、カバンからクラッカーを取り出した。


「は……?」

「メリークリスマス!」


 月宮がクラッカーを引っ張ると、パーン! と小気味よい音が鳴り、鮮やかな色の紙がばら撒かれる。これ、自分で片付けろよ。


「クリスマスってテンション上がるよね?」

「別に」

「えー! なんで!?」

「キリスト教徒じゃないから」


 そりゃそうだろ。クリスマスはキリスト教徒でも、パリピでもない人にとってはただの12月25日でしかない。俺のような孤独を好む者にとってはなおさら。


「私は好きだよ、クリスマス。みんなが楽しそうにしてるところを見たらこっちまで楽しくなるよ」

「俺は別に」

「そんなわけで、ケーキ買ってきたから一緒に食べようよ」

「……」


 こいつのペースに流されるのは気に入らないが、甘いものに目がない俺、どうしても反応してしまう。月宮はそんな俺の気持ちを読み取ったかのように、不敵に微笑む。


「美味しいものを食べると幸せな気持ちになるんだよ」


 それは同感だ。俺はケーキを食べたい。頭の中で真っ白なケーキが愉快なダンスを踊っている。それを見てもなお断れるほど俺の意思は強くなかった。黙って首を縦に振る。


「よし、じゃあ持ってくるね」


 将来は肥満に気をつけよう。


 ☆


「デカいな……」


 机に置かれたケーキはかなり大きいホールケーキだった。いくらなんでも食べきれそうにない。


「これ、食べ切れるのか?」

「まさか〜。今は一切れだけ食べて、残りはお父さんとお母さんと一緒に食べるよ」


 月宮は笑顔で言う。こいつ、親と仲良さそうだよな。


「そんなことより食べよ!」


 俺の不安をよそに月宮はケーキを丁寧に切り分けた。そしてそれを皿に載せて俺の前に置く。


「どうぞー!」

「いただきます」


 早速ケーキを口に入れると、上品な甘さが広がった。ふわふわとしたスポンジ生地が口の中で溶けていく。うまい……。


「どう?」

「ああ、うまい」

「でしょ? すっごくおいしいね」


 クリスマスってなんでケーキを食べる習慣ができたんだろう。なんでケーキなんだろう。まあいいや。


「食べ終わったら一緒に買い物行こうよ。行きたいところあるんだよねー」


 このニヤニヤした顔は企んでいる。何度も何度も見てきたから確実に分かる。口にクリームをつけたままニヤニヤしている月宮を見ると、笑いが込み上げてしまった。


「なに? どうしたの?」

「クリームついてるぞ」

「えー! 恥ずかしー!」


 あたふたと口の周りを拭き取っている。そんな月宮を見つめながら、俺もまた一口ケーキを食べる。


「日野くんもついてるよ」

「え?」


 不覚……。

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