第31話 歩く俺、光るお前

 月宮の要望に従い、外に出てきた。寒い……。厳しい気候にもかかわらずクリスマスの街には人で溢れている。ショッピングモールの前には巨大なクリスマスツリーが飾られていた。


「寒いー! 早く入ろう!」

「凍え死にそうだ……」


 俺たちは建物の中に入り、エスカレーターで三階へと移動する。


「やっぱ混んでるねー」


 日曜日、しかもクリスマスなのだから人がいつも以上に多い。どこを見渡しても家族連れかカップルばかり。ほら、あそこなんていかにも頼りなそうな男とギャルっぽい女が一緒に歩いている。不均衡の象徴だ。


「どうかした?」

「いや……」

「私たちもカップルに見えるかな?」

「いや、親子だろ」


 月宮は俺の反応がお気に召さなかったようで頰を膨らませた。


「そこは『えっ……、お前と付き合うとか絶対に嫌だわー』でしょ!」


 俺のモノマネにも見慣れてきた。だがまだまだだな。


「それで、3階のどこに行きたいんだ?」

「ふっふっふ……、実は見たい映画があってね。じゃーん! 日野くんの分もチケット買ってきたよ!」


 月宮はカバンから二枚のチケットを取り出し、これでもかというほど俺に見せつける。


「日野くんもアニメ好きでしょ?」

「お前がどうしても見たいなら見てやってもいい」

「なんで上から目線なの!? まあいいや。始まるまで一時間くらいあるから、それまでぶらぶらしてようよ」


 俺たちはモール内を歩き回ることにした。一時間ともなればかなり長い。さて、どうするか……。


「見て! 日野くん! クレーンゲーム!」


 月宮が指差した先にはキラキラと輝くクレーンゲームがあった。中に入っているのは巨大なクマのぬいぐるみだ。部屋にもぬいぐるみがあったし、こういうの好きそうだよな、月宮って。


「ふーん。で、どうするんだ?」

「やらないの?」

「俺に取れって言いたいのか?」

「そりゃそうでしょ。カッコいいところ見せてよね」

「はあ……、仕方ねえ」


 月宮に協力するわけではないが、勝負ごとには熱い俺、挑まずにはいられない。早速100円を入れてレバーを動かす。


「いけー! 頑張れ!」

「静かにしろ」


 月宮がやかましく声援を送ってきた。集中力が削がれるだろうが。落ち着け俺……、ここはスルーするんだ……。再び集中しようと台に向き直る。

 これは棒の隙間に上手く通すタイプのものだ。何度も位置を調整し、最後に押し込んで通すというのが普通のやり方だろう。月宮に気を取られている間に制限時間が迫っており、調整にはあまり時間が使えなかった。苦し紛れにアームの位置を決め、ボタンを押す。


「ダメだな」

「だねー」


 最初の一回はあまり成果を得られない……、と思ったのだが、奇跡が起きた。アームが噛み合って棒が外れ、大きなぬいぐるみは落ちていった。


「え……」

「やったー!」


 俺も驚いているが、それ以上に喜んでいるのは月宮だ。嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねる。


「すごいすごい! さすが日野くん! さすひの!」

「……」


 結果的に一回で取ることができたが、台を壊したことになる。店員さん、ごめんなさい。


 ☆ 台は元に戻りました。


 予想外にクレーンゲームが早く終わったので、残りの時間はクレープを食べたりした。

 ついに上映15分前。俺たちは映画館に向かう。ポップコーンも購入し、指定された席に着いた。これは今大人気のアニメなのだが、少女漫画原作で内容は恋愛系だ。なぜ俺に勧めた。周りはカップルだらけである。俺のような死んだ魚の目をした男は場違いだ。なお、英語でも「場違い」は「out of place」と言う。


「楽しみだねー」

「そうだな」


 俺は適当に返事をしながら、ポップコーンを口に運ぶ。そんな俺を月宮は微笑みながら見つめていたが、上映が始まるとすぐに画面に向き直った。


『ずっと前から好きでした!』


 ヒロインが想いを告げるシーンで、周囲の雰囲気は和んでいた。健気な少女の非常に微笑ましい光景であることは俺にも分かる。ふと横を見ると、月宮もふわふわした表情でスクリーンを見つめている。俺は月宮から視線を外して画面に集中することにした。


 ☆


「いやー、面白かったね」

「そうだな」


 映画が終わって帰ろうとしている頃には既に16時。日が落ちるのも早くなり、外はもう暗くなっていた。


「めちゃくちゃキュンキュンしちゃった。ねえ、日野くんは好きな人いるの?」


 突然の質問に戸惑う。女子はなぜ恋バナが好きなんだ。


「……お前から言えよ」

「私? 私は秘密〜」

「じゃあなんで俺には聞くんだよ」

「えへへー」


 暗い道を歩きながら駅に向かう。遊び回った後は疲れて仕方がない。歩くのも面倒に感じるほどだ。自分の体力のなさを思い知ることとなった。

 そろそろ月宮と別れて駅への道に入るというところで、顔に冷たく濡れるような感覚があった。


「雪……、降ってきたね」

「そうだな」


 俺は立ち止まって空を見上げた。真っ白な雪が俺たちの上に降り注ぐ。月宮は意外にも静かに雪を眺めていた。犬は喜び庭駆け回り、月宮はこたつで丸くなる。


「日野くん、また明日ね」

「ああ」


 雪が舞い、幻想的な景色を背景に月宮が歩いていくのをいつまでも、いつまでも見つめてから家路についた。

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