第29話 奮う俺、落ちるお前
「光ちゃんは本当にいい子なのよ。私といつも仲良くしてくれるし、日野くんにだってそうでしょ?」
「ああ」
俺と土屋は放課後の夕日が差す教室に残り、作業を続けていた。月宮のことを俺より前から知る土屋の力を借りられるのは大きい。
「光ちゃんはね、私と中学生の頃からお友達なの。知ってたかしら?」
「ああ、月宮から聞いた」
「私、一年生の時はお友達がいなくて……。一人でいたの。二年生で光ちゃんと同じクラスになって、話しかけてくれたのよ」
俺の場合、自ら孤独を選んだが、土屋の場合は友達が欲しくてもできなかったのだろう。その苦しみは深く考えるまでもない。人にはそれぞれ暗い過去があるものだ。
「日野くんが光ちゃんと仲良くしてくれて、私は嬉しいわ」
「仲良くねえし」
「あら、相変わらずの捻くれ具合ね。あなたらしくていいわ」
褒めていないな、これは。土屋は俺のしかめっ面を無視して続ける。
「光ちゃんのいいところはね、誰にでも優しいところよ。あなたみたいな変な人にもね」
「余計なお世話だ」
確かに、月宮は誰とでも仲良くできる。俺のような変な人間から、金田のようなパリピまで幅広く。それは彼女から滲み出る優しさがあってこそだろう。
「だけど、月宮はいいやつだ。それは俺も思う」
「日野くんがそう言えるようになって良かったわ」
「何が?」
「だって、入学したてのあなたはいつも一人で、他人と関わることを拒否しているようだったから。一体どんな心境の変化があったのかしら?」
「……」
最初から俺の考えは一貫していた。仲間なんていらない。面倒ごとが増えるだけだと。月宮はそんな俺に無理やり介入してきた。
その結果、土屋、金田、水野委員長と出会えたし、期末テスト、文化祭を乗り越えられたのも彼女のお陰だろう。
「日野くんが光ちゃんを受け入れてくれて良かったわ」
「受け入れてる……のか?」
自分でも疑問だ。確かに、いくらか月宮の影響を受けて変わったかもしれないが、月宮の全てを認めたとは思えない。俺の都合を考えないで自分勝手に振る舞うところは今でも許しがたい点だ。
「日野くんは光ちゃんを受け入れてる。私はそう思うわ」
なぜだろう。月宮のことを最後まで信じたことはないし、これからもそうなりそうにないが、彼女の隣にいるのは不思議と居心地がいい気がする。
「もちろん、光ちゃんもあなたのことを受け入れてるはずよ、きっと」
「そう……か。月宮から見た俺はどうなんだろうな」
俺から見た月宮が変なやつに思えるように、月宮から見た俺もまた変なやつだろう。
俺が今まで月宮に浴びせてきた否定的な言葉は数え切れないほどだ。だが、そのたびに笑って返してきた月宮。まるで俺の言葉を本気で受け取っていないようだった。誰しも友達に多少の暴言を吐くことはあるだろうが、それは信頼し切っていて真に受けていないからだ。俺と月宮の間にそんな関係が成立していたということに、自分でも驚く。
「日野くんが書きたいように書けばいいわ。あなたの心に聞くの。そうしたらきっと、いい演説ができるわ」
俺の心。そんなものがどこにあるのかは分からないが、とにかく書きたいように書くしかないのだろう。
外はもう暗くなり、運動部は片付けをしている。完全下校時刻が近づいていた。
「あら、もうこんな時間。少しは助けになれたかしら? 頑張ってね」
そう言って土屋は教室を出て行った。書きたいように書く。今まではそれができなかったが、気持ちの整理ができた今ならできそうだ。俺もカバンを持ち上げて帰る準備をする。
☆
今日で二学期も終わりだ。ようやく冬休みが始まる。冬眠に入りたいところだが、ダラダラするわけにはいかない。なぜなら勉強、応援演説、正月のイベントと盛りだくさんだからだ。……そう考えると高校生ってかなりブラックだよな。働き方改革と叫ばれているが、高校生の負担はむしろ増えている気がする。誰かどうにかしてください。
さて、一般的には冬休みが始まるが、始まらないやつもいるようだ。
「ごめん! 日野くん! 数学赤点取ったから補習行かないといけないの!」
月宮……。赤点はあかん。思わず関西弁になってしまう。赤点って実在するんだな……。
「頑張れ。追試は一発で合格しろよ」
「うん、頑張る!」
赤点取ったのに明るいな……。本当に反省してるのか? 健闘を祈る。
「明日からなんだよねー。さよなら……私の冬休み……」
「これに懲りたらちゃんと勉強しろよ?」
「勉強きらーい」
「さすがアホの子だな」
「アホじゃないもん!」
このアホさが懐かしいな。やっと俺の知る月宮だ。ここ最近の月宮は凛々しすぎた。俺の心を動かすし、生徒会にも挑戦する。優秀な面も月宮だし、アホな面も月宮なのだろう。人には二面性がある。どちらも自分であることに間違いない。
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