第27話 励ます俺、喜ぶお前
寒い朝。起きるのも嫌になるが、登校するのも嫌だ。そんなときに金田がやってきてますます嫌になる。
「日野、ちょっといいか?」
「嫌だ」
ちょっといいか? は地雷だ。それが金田の言葉なら尚更。こいつは月宮とお近づきになるためなら火の中水の中だから、今回もどうせそんなことだろう。100万円かけてもいい。
「月宮が生徒会選挙に出るんだろ!? なら俺も立候補する!」
ほらな? 100万円は俺のものだ。
それにしても、不純な男だ。こいつは月宮と仲良くなりたいがために、わざわざ選挙に出るなんて。そこまでして彼女に近づきたいか? 金田の熱意に少し引いてしまう。まあ、こいつはパリピ日本代表レベルだから生徒会に入るのも納得だが。
「それを俺に報告してどうする?」
「いや、特にどうということはない。応援弁士は俺の友達からつけるから」
「じゃあなんで俺に話しかけるんだよ」
「まあ、いろいろ喋りたいというか、共有したいというか」
これがパリピだ。喋りたいのに理由なんてない。恐ろしいパリピ力。
「とにかく! そういうわけだ! 楽しみにしとけよ!」
何を? と言いたいところだが、金田が走り去るスピードの方が圧倒的に早かった。言いたいことだけ言って去る。こんな勝手な人間に、俺はなりたくない。
☆
昼休み。各々弁当を持つなり、食堂に行くなりする時間、月宮がいつものようにトテトテと近づいてきた。
「ねえ、日野くん」
「何だよ?」
月宮がニコニコしながら話しかける。あの顔は何かを企んでいる顔だ。経験上分かる。またしょうもないことに違いない。俺は自慢ではないが、嫌な予感は当たる男だ。だから今回もきっとそうなんだろうという変な自信があった。今回も100万円かける。
「日野くんは立候補しないの?」
ほらな? 100万円はまた俺のものとなった。将来はギャンブル依存症に気をつけます。
「バカなこと言うな。嫌に決まってる」
「えー、じゃあ私の応援弁士になってくれない?」
「俺なんかよりも、土屋とかの方が向いてるだろ?」
「そんなことないよ! 日野くんにしてほしいな……」
今度は目をウルウルさせながらお願いする。反則技だ……。俺、最近月宮の要求に弱くなってないか?
「どうしても! 日野くん! お願い!」
「しょうがねえな……」
「本当!? やったー!」
無邪気に飛び回って喜ぶ。この純粋さはどうやって育まれたのだろうか。親の顔が見てみたい。
「そうと決まれば早速応援演説考えて!」
どこから出てきたのか、A4サイズの紙を取り出す。いきなり書けと言われても難しい。なんせ、月宮を褒めるところなんて思いつかないから。
「書く前に、私のことたくさん知ってもらいたいな……」
恥ずかしそうに下を向く。いきなり赤面されても困るんだが。しかし確かに、月宮とは長くいるが知らないことも多い。好きなもの、長所、性格など、あと知りたいことは山ほどある。
「えっとね、甘いものが好き。クッキーとかマカロンとか。嫌いなものは特にないかなー」
「食べ物の好き嫌いを知ってどうする」
ついツッコんでしまった。応援演説としてまともに使えるものを頼む。
「うーん、私が好きなのは日野くん……かな」
「は? ふざけないで真面目に言え」
「……もー! 本気だもん!」
あたふたしながら俺をポカポカと叩いてくる。全く痛くないが、こんなところで叩かれているのは恥ずかしいのでやめてもらいたい。
「本気……、か……」
俺がそう呟く声は月宮には届かなかったようだ。ようやくポカポカをやめてくれたが、仕事は終わらない。
「私、やっぱり生徒会に向いてないのかな……」
珍しく自信なさげな月宮。それをなんだか見過ごせなくて、声をかけてしまう。
「才能があるかどうかは、努力してから言え」
そんな、安っぽい言葉しか出てこない自分に腹が立ってくる。
「努力……」
月宮は目を輝かせて聞いていた。その安っぽい言葉にさえ感銘を受けてしまうのが月宮だということを忘れていた。
「私、頑張る! 頑張ってみるよ!」
「……お前の長所は、前向きなところだな」
「え? 何か言った?」
「なんでもねえよ」
そんなやり取りをして、月宮はやる気に満ちた顔をしている。余計なことを言った気がしたが、結果的に良かったのではないか。
いつも太陽のように明るく前向きな彼女に、俺も助けられていたようだ。俺と違って失敗を恐れていない。そんな姿を見て、俺もペンを動かし始める。
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