第26話 語る俺、慰めるお前
「委員長さん、張り切ってたね」
「あんなに張り切ってる理由が俺には分からない」
「日野くんは、何か頑張ってることある?」
「特にないな。今は」
「へー、昔はあったの?」
「……昔のことは別にいいだろ」
月宮はなかなか空気を読まずに深入りしてきそう。面倒だ。昔のことなんて思い出したくもない。
「ふーん……」
月宮はなんだか怪しげにこちらをチラチラと見ている。可愛くねえからな。何も言わねえからな。
「日野くんってもしかして、中二病? 俺の古の力が……」
一段と腕を上げたモノマネ。予想以上にバカだったため、拍子抜けした。
「うるせえ」
ムカつくから久しぶりのデコピンを食らわせてやる。
「イッター!」
俺は中二病患者なんかじゃねえ。それは文字通り、中二で克服した。確かに、孤高の存在になり始めた時は中二病だったかもしれない。自分が特別な存在な気がしていた。まあ今では、自分も宇宙の塵の一つにすぎないと考えるようになったが。いや、俺はブッダか何かなの?
「だけど、少しだけでいいから日野くんのこと、もっと知りたいよ」
「なんでそんなに知りたいんだよ。お前には関係ないだろ」
「秘密を共有したら仲良くなれるって聞いたよ」
「お前となんかと仲良くしたくねえし」
「そっか、残念」
月宮は八重歯を見せて笑った。笑うところじゃねえよ。しかし、それはいつもの能天気な笑いではない。俺の心の奥を見透かしているような笑顔だった気がした。
「少しだけ、少しだけでいいから」
少しだけ……。これより信用できない言葉はない。話始めたが最後、全て話さねばならなくなる。文化祭の準備の時にも土屋に過去のことわ尋ねられ、結局言わなかった。今回も言わないつもりでいたが、月宮の光り輝く目を見たら断れないくらいに、俺の心は変わっていたようだ。
「本当に少しだけだからな?」
そう前置きして語り出す。
「俺、実は小学生の時に中学受験したんだよ」
「そうなの? やっぱり小学生の頃から勉強得意だったんだね」
「まあ、他の奴らよりはな。四年生の頃から受験勉強を始めて、今まで遊んでた友達とは段々遊べなくなっていったんだ」
「友達いたんだね」
「うるせえ! 小学生の頃はいたって言っただろ!」
「怒んないでよー。それで、受験はどうなったの?」
「結局受からなかったさ。俺は小学校の後半三年間、友達も進学も無駄になったってことだ」
「そっか……」
月宮はいつものように俺を励ますようなことは言わなかった。励ましても、励ましきれないのだろう。悲惨というには程遠いかもしれないが、決して楽ではない俺の過去を知ったら月宮といえども言葉を失うのだ。
「行きたくもない中学校に入って、友達との関係も壊れて……。そんな環境でやる気なんて出ないだろ? それから友達なんていらなくなったんだよ」
「そう……なんだ」
月宮は俯いたまま動かない。
「案外、俺は一人でも何でもできた。友達がいないことに慣れてからはずっとこうだ」
「日野くんって、強いのかと思ってたら弱いんだね」
「俺が弱い? 受験には失敗したが、大抵のことは一人でできる。群れないと何もできないやつらとは違う」
「私は……日野くんと友達になりたい」
俺が言い返す前に、月宮は続けた。
「確かに一人でも生きられるし、何でもできるかもしれない。でも……、つまらないよ」
俺の目をじっと見つめて言い返してきた。彼女の瞳は光り輝いている。その奥には優しさがあった。
「お前に俺の何が分かる……。俺の苦労も知らないで」
「本当は寂しいんでしょ? 一人でいるの」
「そんなの……、お前の思い込みだ」
「じゃあ、どうしてそんなに悲しそうな顔をしてるの?」
自分でもよくわからない。今まで俺は一人でも平気だったはずだ。いや、平気なふりをしていたのか……?
「きっと心の中では辛かったんだよ」
「そんなわけねえだろ!」
そう言って、月宮の顔も見ずに走り出した。なぜ逃げたくなるのか、自分でも分からない。何から逃げているのか。月宮の優しさから逃げても何も意味がない。むしろ苦しさが増すだけだというのに。それに気づくのは早かった。10歩ほど走ったところで体が自然と止まった。
「お前って……、いいやつだよな」
「日野くんの言うことも分かるよ。日野くんの方がしっかり者だから、私の方がバカだから、きっと日野くんの方が正しいことが多い。だけど……」
「……」
「今回だけは私の言葉を聞いて!」
寒い風は止み、太陽の光が強く照りつけ、森羅万象が月宮のために場を整えているようだった。
「一人で生きられるとか、できるとか。そんなことは関係ないの! 私はただ……、日野くんの本当の気持ちが聞きたいの!」
「俺は……。本当は……」
頭の中で整理がつかない。ごちゃごちゃしている、色んな感情が渦巻いている。
「自分の心に嘘をついていたんだ……。今までずっと……」
やっとのことで喉から言葉を引きずり出す。一人で生きていけるような人間が、本当は寂しいだなんて矛盾している。だけども、真実だった。今までは一人が楽だからと強がっていただけに過ぎなかったのだ。
「日野くんが素直になってくれて嬉しいよ」
そう言って月宮は俺の手を握った。暖かくて、優しさを感じる。俺も強く握り返した。
「自分を持つことも、みんなと仲良くすることも大切なんだね」
「……そういうことにしといてやるよ」
「あっ、いつもの捻くれた日野くんに戻った!」
「俺は変わらない。だが、俺は変わるんだ」
「訳わかんないよー」
月宮もいつものアホさを取り戻し、調子も整ったところで校門を出て歩いていった。雲は流れ、風は吹き、放課後の騒がしい学校の音が鳴り響いていた。
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