第16話 逃げる俺、追いかけるお前
「光ちゃん、カジノっぽい内装ってどんな感じ?」
「なんていうか、ドーン! って感じでバーン! って!」
さすがは月宮である。そういう俺も分からないんだけどな。カジノ行ったことないし。だが、数年前アニメで見た記憶を思い出しながらなけなしのアドバイスを出す。
「暗いのが雰囲気出るんじゃないか? 光は赤とかにしてさ」
「いいねー! 赤ってヒーローっぽくて!」
月宮は目をキラキラさせて言った。こいつのヒーロー像どうなってんだ? それに、カジノとヒーローは似ても似つかない。共通点はカタカナで書くってくらいだ。
「とにかく、そのイメージで始めるよ!」
「おー!」
月宮と土屋はテンションが高い。それに合わせてクラスメイト全員が盛り上がるのは不思議なものである。
男たちはその二人を見ながら語り合う。
「俺、月宮さん推しだぜ」
「俺は土屋さん派だな」
くだらねえ。手に入らないものに望みを持つな。俺はお前らと違って、夢見る男子高校生じゃねえんだよ。目標を持つことは否定しない。だが、目標と夢は違う。夢なんて、覚めたら虚しいだけだ。
「……俺、桜木先生が一番可愛いと思う」
こいつは救いようがない。
☆
教室は赤を基調とした内装に変化した。入り口に受付を置き、内部にスロットやルーレットなどの台を置くことにした。赤なら華やかさもあり、豪華なカジノを演出することができていると思う。
「完成!」
「なんとかできたわね」
土屋は満足げに微笑んだ。まあそれくらい上出来だということで。俺たちの高校で作ったとは思えないクオリティだと思うぞ。
「みんなで写真撮ろうぜ!」
パリピたちはすぐに写真を撮りたがる。この習性は図鑑に載せるべきだ。でかでかと店の名前を書いた看板の前に集合し、パシャリと撮った。
「日野も早く来いって。真ん中来いよ」
金田は典型的なパリピだ。本当に苦手。なぜ俺を目立たせようとする? 俺、別に活躍してないだろ。
「日野くーん! 隣来て!」
月宮はみんなの前でも好き好きアピールするな。恥ずかしいだろうが。俺は仕方なく、月宮の隣へと向かった。
「はい、チーズ!」
写真を撮った後、生徒たちはすぐに解散となった。集まったり、別れたり、人間にも熱力学が適用されているのか? そんなバカなことを考えるのをやめ、俺は教室を後にする。後ろからドタドタと走る音が聞こえるので、振り返ると月宮と土屋がニコニコ笑顔で俺に話しかける。
「日野くん、他のクラスのところも見に行こうよ!」
「きっと面白いところばかりよ」
「俺は遠慮しとくわ」
わざわざ行くのは面倒だ。俺はあっさりと教室から立ち去ろうとするが、二人に腕をつかまれた。
「そう言わずに! ね? 行こうよ!」
「えー……」
もう、俺の自由はないんだな……。こいつらと出会ってから強制的に振り回されてばかりだ。
「まずはお隣の四組から!」
隣の四組はメイド喫茶だった。ありきたりだが、それだけ人気があるのだろう。中はピンクの装飾品で彩られ、メニュー表にはオムライスとかパンケーキとかが載っている。
「いらっしゃいませ!」
メイド服を着た女生徒が出てきた。こ、これは……。アニメで見たことあるぞ……!? だけど、よく考えたら恥ずかしくないのか?
「メイド服可愛いー!」
「私も着たいわ……」
女子たちはメイド服で大盛り上がり。その女子生徒としばらく話し、また次の場所へと移る。
「なあ、さっきの人って月宮の友達か?」
「いや、初対面だよ」
「はあ……」
初対面の奴とあんなに話せるなんて、さすがのコミュ力だ。俺には絶対無理だ。無理だし、知らない奴と話す必要もない。それが普通だろう?
☆
その後もいくつか教室を回って楽しんだ。高校の文化祭ともなると、かなり個性が出ている。俺たちのところのカジノなんて珍しいし、図書委員会のコスプレ喫茶なんて珍しいなんてもんじゃない。それに負けず劣らずのクラスばかりだった。
「日野くん、今日は楽しかったね!」
「私も楽しかったわ!」
今日は内装を完成させて、他の展示を見ただけだった。だが、少し非日常な雰囲気を味わえたから、それなりに充実感もある。
「……俺も楽しかった」
素直な気持ちをそっと呟く。
九日の終わりになると日も短くなり、薄暗い道を三人で歩いた。夜に近い夕方の空気は冷たい。文化祭は三日後。待つ月日は長いものなのだ。
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