第15話 与える俺、もらうお前
「……昔のことを話そうって気にはならない」
土屋は複雑そうな顔をした。そうだろ、それが普通だ。人に余計なことを聞いてしまった時、非常に気まずくなるのは誰もが経験しているはずだ。例えば、親が他界しているやつに親のことを聞いた時とか。
「そうね……。ごめんなさい」
「お前こそ、昔に何かあったんじゃないか? 特に、孤独に関することで」
土屋と初めて会ったとき、一人でいるのが寂しくないか? ということを尋ねられたが、そのときの顔は今でも忘れない。なんとも悲しそうな顔だった。俺のことなのに、自分のことのように思っているように見えた。
「そうね……。私も中学生の頃、少し……」
やっぱり、土屋も何かあったのか。俺と同じように……。俺の場合は人間不信だが、こいつの場合は……。
「まあ、人には色々あるよな」
俺が興味なさげに言ったのに、土屋は笑顔を作ってこう言った。
「あら、日野くんったら優しいのね」
いや別に優しくしたつもりじゃねえし。さっさとこの話題を終わらせたかっただけだ。
「着きましたよ。恵比寿店」
桜木先生の声を聞いて現実へと戻り、窓の外を見ると見慣れた恵比寿店の姿が。白い壁に、大きな看板。俺たちは車を降りて、買い出しを始めた。
☆
「サイコロとかルーレットとかを買ってくるように光ちゃんから言われたわ」
俺たちは月宮に頼まれたものをカゴに入れていく。うん、やっぱり100円のものは安いな(当たり前)。特に恵比寿店は品揃えが素晴らしいし、値段以上の価値を感じることができる。お値段以上、何とかいう店もあるし。
「このアロマオイルも買っていいかしら?」
土屋が指さしたのは何やら奇妙なものが入った瓶だった。いや、俺がそういうのに詳しくないだけだけど。
「私物を買うな。桜木先生もそう思うでしょう?」
俺は冷淡に言ってやった。公私混同は許さないぞ。
「うーん、一つくらいならいいですかねぇ。日野くんも何か一つ……」
「じゃあこのカシューナッツ」
俺はすぐさま食品コーナーからカシューナッツを取ってくる。そしてカゴにぶち込む。
「ひ……日野くんって意外と食いつくんですね……」
俺カシューナッツ大好き。香りが好き。先生はやや引いているが、好きなものは好きなんだから仕方ない。
「日野くんはカシューナッツ好きなのね。私はアーモンドが好きよ」
「俺は断然カシューナッツだな」
「先生は……、ピーナッツですかねー」
先生の答えに俺たちは笑う。大人って、ピーナッツ食べながら酒飲んでるのかな。桜木先生が酔っ払ってるところを想像すると……。
『ぷっはー! 仕事終わりのビールうめー!』
キャラ崩壊なので、途中で考えるのをやめた。だいたい、真面目な桜木先生がアル中なわけない。飲むとしても、節度を守るはずだ。
「日野くん、先生で何か妄想した?」
「……してないです」
エスパーかよ……。大人の勘は怖いな。
「光ちゃんにも何か買ってあげないの?」
土屋が俺を覗き込むように問いかけた。
「いや、別に……」
「このアロマオイル、光ちゃんなら喜ぶと思うの」
月宮にプレゼントとか……。俺の柄じゃないだろ? それに、一度物を与えたら調子に乗っていくらでも要求してきそう。
「えー、素直になりなさいよー。可愛くないわねー」
土屋がジト目で見てくる。可愛くなくて結構だ。月宮がどうなろうと……。
『興味ないふりしても無駄だぜ? お前が月宮に対して思い入れがないはずがないだろ?』
金田の言葉を思い出してしまった。くそっ……。
「じゃあ、買ってやるよ。俺の自腹でいいから」
「あらあら、やっぱり光ちゃんのこと好きなのね〜」
「うるせーよ」
結局、月宮の分も買い物かごに入れた。優しさではない。神のお告げだ。
☆
「ただいま〜、光ちゃん」
「あっ、優子ちゃんおかえり」
俺たちが教室に帰ると、月宮が真っ先に出迎えてくれた。相変わらず落ち着きのないやつだ。
「買い出しお疲れ様! サイコロとかルーレットとか……。うん、ちゃんと全部あるね」
月宮は嬉しそうに言い、ぴょんぴょん飛び跳ねた。それに対応するように髪の毛も跳ねる。元気すぎるだろ。
「光ちゃん、このアロマオイル可愛いと思わない?」
土屋が月宮に、さっき買ったアロマオイルを差し出す。月宮は瓶を眺め、大はしゃぎで言った。
「すごい! どうしたのこれ!?」
「百均で買ってきたのよ。日野くんもあるわよね?」
土屋は俺を肘で突きながらニヤニヤして言った。
「ほら、これお前にプレゼント」
土屋が買ったのと同じアロマオイルを差し出す。月宮の目は直視しない。恥ずい。
「これ私に!? ありがとう! 私、大切に使うね!」
月宮は喜んでくれたようだ。安物だし、すぐにはしゃいで喜ぶところとか子どもっぽいけど、少しは嬉しいかも。それを見た金田は俺の方に近寄る。何か企んでるのは丸わかりだ。
「日野! 俺にも何か……」
「金田にはねえよ」
即答。買うわけねえだろ。
「なんでだよー!」
そんな声が教室に響き、クラスメイトたちの笑い声でいっぱいになった。陽キャは笑い者にされてもおいしいところを持っていくからずるい。それはまるで、ダメージを食らった分反撃してくるゲームの敵を思い出させるものだった。
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