第12話 動揺する俺、自信のあるお前

 夏休みのあの日、月宮のことが好きか? という話をしたんだった。夕焼けに照らされながら、金田は俺の方をじっと見つめる。


「別に好きじゃねーし」

「本当にそうか?」


 金田は俺を睨みつける。いつものヘラヘラした態度とは全く違う、俺の心を見透かすような鋭い視線だ。


「だいたい、お前だって月宮に好かれてるとは限らねえだろ。月宮とは俺の方がよく話すじゃねえか」

「そうかもな」


 金田は簡単に俺の言葉を肯定する。そんなにあっさりと受け入れられると、逆に俺がおかしいのかもしれないと思ってしまう。


「でもよお、本当にそれでいいのか?」

「……何がだよ」

「お前は月宮のことを好きなはずなんだよ。お前が足踏みしてるうちに、俺が奪っちまうかもしれねえぞ?」

「俺は別に……」


 好きだなんて思ったことは一度もない。俺と月宮がよく話すのも、むこうから話しかけてくるからだ。


「ほんと、頑固だなー。日野のラブコメは始まりそうにないなー」

「お前は結局、何が言いたいんだ?」


 金田は普段陽キャで、明るい性格。そして誰にでも優しいやつだし、俺が相手でもそれは例外ではない。しかし、恋愛の話となると別人のように変貌する。金田は一体何がしたいのか、俺には理解できない。


「日野もいつか分かるさ。恋愛の楽しさが」

「お前の勝手な価値観に巻き込むな」

「それが青春なんだよ」


 俺は金田の言う青春というものが、なんの意味も持たない無価値なものだと思う。それは高校生活でも家でも友達関係でも恋愛関係でも同じだ。

 無意味なこと、つまらないことから逃げるために俺は人を避け続けてきた。中学までは、俺が一度キツい言葉をぶつければ誰も関わらなくなった。それが今はどうだ? カラオケを断ったのに、金田はまた俺の前に現れて青春の価値を説く。孤独に耐えられないと言う土屋を罵ったのに、友達になろうとする。そして、いつまでも俺に付いてくる月宮。どいつもこいつもおかしい。


「ゆっくりでいい。少しずつ分かっていこうぜ」

「……」


 俺は金田に何も言い返せなかった。


 ☆


 帰宅後、自室で俺はなんとなく月宮に電話をかけてみることにした。いや、本当になんとなくだ。普段ならメッセージにするところだが、なんとなく電話の方がいい気がした。電話はすぐに繋がった。


『もしもし?』

「……」


 電話に出た月宮の声を聞いた途端、俺は固まってしまった。第一声……何を話すか決めてなかったのである。


『もしかして、電話繋がってない!?』

「あっ、ごめん」


 ようやく出てきた言葉がこれだ。我ながら情けない。


『びっくりしたよ〜。……でも、嬉しいかも』

「は?」

『だって、日野くんから電話してくるなんて珍しいじゃん! ビックリしたけど、それ以上に嬉しかった!』

「……そうか」


 俺はただ適当な相槌しか打てなかった。


『それでね、今日の放課後優子ちゃんと遊んだんだよ〜。すっごく楽しかった!』

「どこ行ったんだ?」

『本屋で優子ちゃんのおすすめの本教えてもらったの!』

「本当、土屋らしいな……」


 月宮と土屋は中学からの仲だと言っていたが、長く続いているようだ。もしも俺に中学で友達がいたら、高校でも一緒にいただろうか。そんなことを考える。


『日野くんの話も聞かせてよ〜』

「何もねーよ」


 俺が素っ気なく返すと、電話の向こうで月宮が笑う声が聞こえる。


『文化祭でも思い出たくさん作ろうね!』

「ああ」

『うん! また明日ね!』


 こうして俺と月宮は電話を終えた。本当に意味のない時間だった。だけど、意味のないことに意味があった。そんな気がした。


 ☆


 文化祭の準備が始まり、クラスは盛り上がりを見せた。と言っても、まだすることすら決まっていない。桜木先生と委員長が教壇に立ち、司会をする。


「では、文化祭の出し物を決めます。何か案がある人はいませんか?」


 お化け屋敷、劇、メイド喫茶……。様々な案が出るがなかなか決まらない。やはり高校生の文化祭というだけあって、みんな気合が入っている。

 図書委員会でコスプレ喫茶が確定しているので、クラスでも喫茶店とかいうのだけは勘弁してほしい。


「はいっ!」


 教室内に響きわたる大きな声。月宮の声だった。クラスのみんなは驚いていた。無理もない。声がデカいとビビる。


「カジノがやりたいです!」


 最近の文化祭ではカジノは流行ってるらしい。なかなか面白そうではある。


「私もそれがいいと思うわ!」

「俺もカジノやってみたい!」

「面白そう!」


 土屋をはじめ、多くの人たちが賛成する。


「月宮さん、カジノって何するの?」


 委員長が手をピンと上に上げて聞く。カジノというのはやはり知らない人もいるらしい。文化祭でするというのに想像がつかないのだろう。


「えーっとね……。トランプとかのゲームでポイントを稼いで、そのポイントに応じて景品を出す、っていう感じ」

「面白そうじゃない!」


 委員長がクラスのみんなが思っていたことを代弁してくれる。先生からも異論はないらしい。カジノはすんなりと通ってしまった。


「月宮さん、ありがとう!」


 委員長のお礼に笑顔で手を振る月宮。かなり人に慣れている。俺と違って……。そんなところでチャイムが鳴り、桜木先生が締めに入る。


「それでは、次回からは準備に入りましょう。必要な物なども調べておいてくださいね」


 俺たちの文化祭。クラスも図書委員会も成功させたい。

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