第10話 疲れ果てた俺、励ますお前
昼食は大学内の食堂でとった。俺たちは定番のカレーライスを注文した。出来上がるまでの間、世間話をする流れになった。
「俺、実はさ、月宮のこと狙ってんだよね」
「ふーん」
「興味ないふりしても無駄だぜ? お前が月宮に対して思い入れがないはずがないだろ?」
「あんなやつ、くれてやるよ」
俺は彼女のことが苦手だ。できれば関わりたくない。しかし、彼女といたおかげで初めてできたことがあるのも事実だ。委員会活動で。期末テストの勉強会で。あいつと出会わなければ決してしなかっただろう。だからって好きにはならないだろ。
「日野のラブコメが始まんないかな」
「そんなわけないだろうが。そもそも、俺好きな女子とかいねーし」
「月宮と土屋のどっちが好きなんだ?」
「それは……」
俺が口ごもった瞬間のことだった。
「お待たせしましたー!」
とカレーライスが運ばれてきた。俺は考えるのをやめた。なんともおいしそうな香りが漂う。スパイスの香りは安心感と同時に新鮮さがある。
「まっ、今は食べるのに集中しようか」
「ああ、そうだな」
俺はスプーンを手に取り、カレーライスを口へと運ぶ。
☆
午後は図書館に行ったり、模擬講義を受けたりした。どこも非常に魅力がある。この大学への憧れは強まる一方だ。そして、ついに終わりの時間が訪れた。
「日野、また夏休み明けに会おうな。それまでには答え決めておけよ」
「……」
俺は無言で金田と別れた。オープンキャンパスのことだけでなく、月宮、土屋に対する思いも頭の中でぐるぐると巡る。考え事をしていると、あっという間に家に着いた。
☆
帰り道の途中にある公園で少し休むことにした。この暑さの中歩いたせいで疲れてしまったのだろう。ベンチに座ると、どっと疲労が押し寄せてくる。俺は思わず月宮にメッセージを送る。
『疲れた』
すると、すぐに返信が来た。
『お疲れ様』
これだけのやり取りだが、不思議と心地良い感じがする。
『日野くんから送ってきたのは初めてだね』
『ああ』
確かに、自分から送るのは今回が初めてかもしれない。今まではほとんど月宮からメッセージが来ていたな。そう思うとなんだか嬉しくなってきた。まあ、明日にはまたうざくなるだろうがな。俺はスマホをポケットにしまう。まだまだ長い夏休み。俺はこれからどうしようか。
☆
夏休み明け、俺は神妙な面持ちで学校に向かう。駅ではいつも通り月宮が来るはず。
「日野く〜ん!」
思った通りだ。いつもなら無視する所だが、たまにはあいさつくらいしてやるか。
「おはよう」
「あれ、今日はなんか優しいね」
「うるせえ」
「うんうん、これがいつもの日野くん」
やっぱりムカつく。こんなやつ金田に引き渡したい。
電車内では夏休みの思い出を語り合った。月宮は、土屋と一緒に海に行ったそうだ。
「じゃーん! そのときの写真だよ! 私可愛い? ねえ、可愛い?」
「ああ、そうだな」
今どきの写真は画質がいい。だから綺麗に見えるのだろうか。月宮は青のビキニ、土屋は白のフリルの付いた水着を着ていた。二人ともスタイルがいいから様になっている。
「どう? ドキドキする?」
「全く」
俺がそう言うと月宮はむっとする。こいつは自分の容姿に自信があるのだろうが、俺みたいなやつには通用しないぞ。
「日野くんは何してたの?」
「大学のオープンキャンパス行ってたぞ」
「楽しかった?」
「ああ、いろいろ見て回ったぞ」
そんなところで電車は到着し、二人で学校に向かって歩き始める。いつもと変わらない光景だ。
「ねえ、新学期もよろしくね!」
いきなりそんなことを言われても困るが、その笑顔を見ては無視できない。
「……よろしく」
「初めて会ったときは、『勝手によろしくされても困る』って言ってたのに〜」
また俺のモノマネをする。少しだけうまくなったような気がする。
「日野くんってツンデレ?」
「黙れ」
俺がそう言うと、月宮は笑う。どうして笑っていられるのだろうか。そんな俺の気持ちをよそに、月宮は続ける。
「日野くんって本当に面白いね!」
「……はあ?」
俺が面白い? こいつは初めて会った時から俺のことを面白いと言う。俺は全く面白くないのに。
「日野くんみたいな人、今までいなかったなあ」
「そりゃそうだろう。俺ほどひねくれたやつなんていない」
「そうじゃなくて、日野くんみたいに面白い人はいないってこと」
「……」
全く理解できない。月宮は頭がおかしいのだろう。俺は何も面白くないのに。なぜ俺なんかが面白いと思うのだろうか。理解不能だ。九月に入ったが、まだまだ暑い日差しが俺たちに降り注いでいた。
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