第8話 計画通りの俺、ぎりぎりのお前

「今日は期末テストです。日頃の勉強の成果を見せてください」


 桜木先生は世界史の担当だ。元気そうに振る舞いながら、目の下のくまがテスト作成の苦労を物語っている。世界史は意外と出題ミスが多いと聞く。お疲れ様です。


「問題用紙を配ります」


 この時間が一番緊張する。学校の時計は大抵一分程度ズレている。直せばいいのに。九時スタートのテストも、時計では九時一分に始まることが多い。それはそうと、この数学Ⅰのテストは月宮の単位がかかっているので、他人事ながら頑張ってほしいとは思う。


 ☆


 テストが終わり、月宮が駆け寄ってきた。


「おい、赤点回避できそうか?」


 月宮は一言も発することなく口を開けたままだ。……多分ダメだな。


「そういう日野くんはどうなの!?」

「俺は90点は間違いない」

「さすひの〜」


 だからその変な言葉やめろ。ダサい。次は土屋が出来を報告する番だ。


「日野くん、私は赤点回避したと思うわ」

「お前、なんでそんなに自信あるんだよ」

「日野くんのおかげかしら? いや、やっぱり自分の努力ね」

「はあ……」


 土屋って、結構自信あるタイプだよな。作家になるにはいい才能だと思うが。


「まあ、次のテストも頑張ろうぜ」

「そうだね」


 テストは四日間。長期戦になるので、体力は温存しておきたいところ。


「今日は早く帰ろうか」


 ☆


 長かった期末テストは終わった。世界史で出題ミスがあったのは、笑うと同時に桜木先生の胃に穴が開かないか心配になった。

 テスト終わりということもあってクラスは賑わいを取り戻していた。


「ボウリング行こうぜ!」

「カラオケ行かね?」


 みんな遊びに行く計画を立てている。それは月宮、土屋も例外ではない。


「日野くん、私と優子ちゃんはクラス会行くけど、日野くんはどうする?」

「俺はそういう騒がしいのは無理だ。お前ら二人だけでも疲れるのに」


 クラスの数名が遊びに行くのを見送りつつ、俺は帰ろうと思っていた。俺は元々人が集まるのは嫌いだが、テスト終わりにこそ勉強するべきだと思うのだ。常に勉強し続ける奴が受かる。俺は優秀なのだ。


「日野くんってつまんないの」

「つまらなくて結構。お前らに好かれるつもりもない」


 月宮は少しムッとした顔をして、「素直じゃないなあ」と言いたげな表情をしている。土屋はやれやれといった感じで俺と月宮を見ている。


「まあ、俺も今日は早く帰る」

「ねえ、日野くんって放課後は何してるの? 友達いないのにどうやって過ごしてるの?」

「『放課後といえば、友達と遊ぶ』みたいな概念は捨てろ。俺には通用しない」

「じゃあ、何してるの?」

「勉強したり、本読んだりだな」


 月宮は、俺の過ごし方が理解できないのか特に何も言わないが、土屋には共感できるところがあったのかもしれない。切り出したのは土屋だ。


「いかにも日野くんらしいわね」

「ああ、俺は孤高だからな」


 俺は腰に手を当ててそう言い放つ。


「日野くん……かわいそう……」

「友達がいないのがかわいそう? そんなの、お前の勝手な価値観じゃねえか」

「まあ、日野くんがそう言うならいいけど」


 これは理解したというより、妥協した方が楽だと判断したからだろう。賢明なやつだ。

 クラスの人たちは次々にクラス会に出発し、そのメンバーのうち一人が月宮と土屋を呼びに来た。


「おーい、光! 優子! 行くよ!」

「あっ、待ってー!」

「それじゃあ日野くん、またね」


 月宮と土屋はクラス会の方へと向かう。俺は一人、帰路につく。俺と同じく、一人だけで鳴くセミの声が聞こえてきた。


 ☆


 夕食を終えた後、スマホで大学のホームページを見ていた。


「オープンキャンパスか……」


 せっかくだから、夏休みの間に行ってみようか。特に、国立のこの大学が気になる。

 俺は初めて、人生に希望を感じている。大学に入って一人暮らしを始め、煩わしい家族から離れられる! そう思うとワクワクして仕方ない。その期待を胸に、布団に潜り込んだ。


【おまけ】

日野冬馬の成績表


日野冬馬 一年三組 図書委員会


 全体的に成績優秀だが、性格に難あり。将来が心配になる。人を拒絶する傾向にあるが、ごく一部の生徒との関わりはあるので、今後の進展次第である。


記録者 桜木真奈美

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