第6話 決心する俺、決心させるお前

 日々練習を積む俺たち。しかし、これを本当にみんなの前でやるのか? 恐る恐る月宮に尋ねる。


「な……なあ……。本当にするのか? これ……」

「やるに決まってるでしょ!」


 決まってしまったものは仕方ない。やるときはやる。それが俺。この発表を機にクラスで目立ってしまっても、一度決めたことは変えられない性格だ。そのせいで苦労することも多い

が。

 そろそろホームルームが始まる時間だ。人前で目立つようなことは初めてであるからか、時計の秒針の動きと同様、俺の心臓も速く動く。桜木先生が教室に入ってきた。


「おはようございます。今日は特に連絡はないのですが、図書委員会から本の紹介があります。日野くん、月宮さん、前に出てください」


 ついに始まる。もう逃げられない。俺は教壇に立つ。


「えー、みなさんおはようございます! 今日はお集まりいただきありがとうございます!」


 月宮が元気いっぱい、大声で話すが、内容は少しおかしい。朝のホームルームなんだから、みんな集まってて当たり前だろ。


「これから私たちが紹介する本は、とてもドキドキする青春恋愛小説です! ぜひ楽しみにしていてくださいね」


 クラスのみんなが少しだけ湧き上がる。


「『恋する少女の囁き』という本を紹介します」


 俺の数少ないセリフ。うまく言えただろうか?


「今から、この小説の冒頭部分を私たちが再現します!」


 すると、クラスのみんなはさらに盛り上がった。土屋は俺たちの練習の過程を見ていたためか、まるで参観日の親のような柔らかい視線を送っている。


「それでは始めます」


 俺たちは台本通りの動きをする。机に座って本を読む月宮。読み終えてカバンにしまおうとしたときに落としてしまう。


「ほら、落としたよ」


 そう言って俺は、月宮に本を差し出す。……なんで緊張してるんだよ! みんなに注目されているから? これは演技。あくまで演技だ。俳優が照れてはならない。


「ありがとう」


 月宮は本を受け取る。手に触れると月宮がなぜか嫌がるので、気をつける。


「君、この本好きなの?」


 俺が優しく尋ねる。あくまで演技だ。(2度目)


「うん! 主人公がとてもいい子なの!」


 心臓の音が激しくなる。この言葉が、自分に向けての言葉のように思えてしまった。


「そうなんだ。ちょっと見せてくれる?」

「いいよ!」


 月宮は笑顔で本を差し出す。俺は受け取った後に、少しページをめくった。そして、うなづく演技をする。


「へえ……面白いね」


 あと少しでこれも終わる。あと少し。あと少しだ。


「これから一緒に図書室に本探しに行かない?」

「もちろん!」


 よし。セリフは終わりだ。これで終わりなんだ。自分に言い聞かせる。


「……ということで、この小説の冒頭でしたー!」

「続きが気になる人は、ぜひ図書室まで来てください」


 やっと終わった……! 俺、頑張った。人生で一番頑張った瞬間だと思う。クラスのみんなから大きな拍手をもらう。土屋は後ろの方の席から笑顔で俺たちを見ていた。


「はい、図書委員会の二人、ありがとうございました。それでは、ホームルームは終わります。1時間目の準備をして待っていてください」


 俺たち二人は、自分の席に戻った。緊張から解放された俺は大きくため息をついた。土屋が話しかけてくる。


「とてもよかったわ! 二人とも素晴らしい演技だったわよ!」


 こいつにも認められるくらいうまかったのだろうか? 土屋監督に褒められたのはこれが初めてかもしれない。


「ねえ、日野くん! 私、うまかったよね!」

「まあまあだな」

「いじわるー!」


 月宮だけでなく、クラスの人たちに対しても考えが変わったような気がする。あの拍手は、きっと心からの祝福。そんな気がした。


 ☆


 その晩、俺が自室で勉強していると……。


『宿題の答え写させて!』


 月宮からのメッセージ。宿題くらい自分でしろ。……やはり仲間なんていらない。

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