第5話 嫌がる俺、はりきるお前
放課後の貴重な時間を割いてまで、俺は『恋する少女の囁き』を読み終えた。面白かったことは面白かったが、なんというか……。
「面白くないわけではないけど、好きになる要素がないな」
この一言に尽きる。俺はやはり恋愛なんてくだらないジャンルは好まないらしい。面白くなかった、なんて言ったら俺の意見はきっと採用されない。では、何のために読んだのかということになるが……。
「今日は寝よう」
☆
「日野くん! 読んだ!? ねえ!」
朝からうるさいやつだ。朝からそんなに元気が出る理由が分からない。
「読んだに決まってるだろ」
「面白かった!?」
「面白くはなかったな」
「なんでー!?」
面白いと言っていたら、月宮はきっと大喜び。だが、嘘をつくわけにはいかない。常に孤独、常に誠実、常に堂々と。これが俺の美学だ。
「まあ、人それぞれだよね。日野くんみたいな日陰者には合わなかったかー」
「誰が日陰者だ。俺は孤高だ」
「はいはい、かっこいー」
ムカつく。まあいい。俺が好きかどうかより、この本をどうやって紹介するか。それが重要だ。
「優子ちゃんも呼んでくるからね」
月宮が土屋を呼ぶと、すぐにやってきた。
「日野くんにはこの本は合わなかったのね。主人公に感情移入できなかったのかしら」
「あんなリア充に感情移入なんてできねえよ」
「そうね。お友達もいないのに、彼女ができる喜びなんて分からないわよね」
俺は殴りたくなるのを抑え、言葉でカウンターを喰らわせる。
「そういうお前こそ、恋人なんてできたことないんだろ!」
「ないわよ。だけど、小説を通していろいろな経験ができるのが楽しいのよ。もちろん恋愛もね」
「なんだ、エアプじゃねえか」
「そういうことじゃないわ。大切なのは、心なのよ」
どこかで聞いたような、薄っぺらい言葉。そんな言葉、誰でも言える。俺の心には響かない。
「まあ、そんなことより委員会の仕事の方に入りましょ。このままじゃ光ちゃんが寝ちゃうわ」
月宮は窓際で太陽の光に当たり、ウトウトしていた。土屋は、月宮を揺すって起こしている。
「ん……。ありがとう。優子ちゃん」
「どういたしまして」
二人は笑顔で見つめ合う。呑気だな。
「よし、この本の魅力が伝わるように頑張るよ!」
さっきまで寝ていたくせに、一番やる気がある。バカってすげえな。
「まずは、二人に聞くね! この本の中でどこが一番好き?」
「私は主人公の不器用さが可愛いと思ったわ」
と土屋。
「俺には恋愛の良さが全く分からないっていうことが分かったぜ」
と俺。月宮はメモを取りながら話を聞く。一応俺の意見も書くのか……。
「私はねー。主人公が告白しようかどうか迷うところが良かったなー。結局、ギリギリまで悩んでたよね」
と月宮。それを聞いて土屋は言う。
「そういうところもいいのよ! 気持ちを伝えたくてモヤモヤする時間が良いの!」
恋愛というのはそういうものらしい。俺には分からない。
「それで、発表の形式はどうするんだ?」
「私と日野くんが前に出て、小説のシーンを再現するのはどう?」
「無理」
月宮がみんなの前で『あなたのことが好き。付き合って!』とか言うところを想像し、めまいがした。
「いいわね。光ちゃんと日野くんの演技、見てみたいわ」
土屋まで同調する。やめろ。
「やってみましょ!」
俺の意見は聞かないんだな……。本当にめんどくさい奴らだ。
☆
「まずは、主人公と男の子の出会いの場面から。主人公が床に落とした本を男の子が拾ってあげるの」
ありきたりな展開。だが、JKにとってはこういうのがキュンキュンするのだろう。
「3……2……1……キュー!」
土屋は監督のような役割になっている。こいつの手のひらで転がされるのは悔しい。
「あっ、落としちゃった」
月宮が本を落とした。わざとらしすぎて下手な演技だ。
「ほら、落としたよ」
俺はセリフを忠実に再現する。大きな声ではっきりと。
「ありがとう」
月宮は本を受け取る。その拍子に手が触れる。
「あっ……」
月宮は顔を赤くして俯いた。台本にはないが、なかなかいい演技だ。
「ちょっと! なんで台本通りにやらないの!?」
土屋は監督になりきってヒートアップしている。
「本を渡すときに手くらい触れるだろ。いちいち大袈裟なんだよ」
「そうかもしれないけど!」
月宮は納得いかないらしい。なんでそんなに照れることがあるんだよ。
「まあ、いいわ! もう一回お願い!」
と再び始まる芝居。
「ほら、落としたよ」
「ありがとう」
今度は台本通り。
そこから話は発展し、二人は仲良くなっていく、というストーリーだ。
「いいんじゃないかしら?」
土屋監督もご満悦だ。しかし、これをみんなの前でやるのは嫌だ。
「おい、これって本当にみんなの前でやるのか?」
「ここまで来て、引き下がれないよ!」
月宮はやる気になっている。変なスイッチが入ったようだ。これ以上言っても無駄だろう。俺は諦めた。
「続き行きましょ! 3……2……1……キュー!」
俺たちは、時間の許す限り練習を続けた……。
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