第16話

 スウェルが笑顔を取り戻した一方。二人は獣道を辿り、次の目的地へと歩みを進めていた。……晴れやかな朝日の下、黙祷のような胸中を抱えながら。


 その最中、サフィラスが事の顛末てんまつを伝えた結果、リベラはうな垂れる。


「……そっか。私たち、忘れられちゃったんだ」


 サフィラスが村に掛けた術は、“痩せこけた大地を肥沃にし、荒んだ人々の心を矯正する。その代償として、二人と出逢った記憶の一切を奪う”というものだった。


「すまない。事態を収束させるには、他に手段が無かったんだ」

「ううん、大丈夫。また会った時に、もう一度お友達になってみせるんだから!」


 気丈に振る舞うリベラだったが、その足取りは重い。するとサフィラスは腰に提げた剣を抜き、自身の髪先を切り落とした。


「えっ!?」


 唖然とするリベラをお構いなしに、サフィラスは言葉を紡ぐ。


「――Noemok来たれ.Naidraug守護の,Tsaeb獣よ


 すると手中に残された毛髪は、渦を巻きながら形をとり始め、やがて白い毛玉のような物へと変化した。毛玉はモゾモゾと動くと、毛繕いの仕草を見せる。サフィラスはその様子を暫し観察した後、リベラへと手渡した。


「これを。森の友人には及ばないけれど、幾らかの慰めにはなってくれるだろう」

「わあっ……!」


 大きな黒い瞳に、丸みを帯びた耳。そして背中には一筋の灰色の模様がある毛玉は、小さな両手を動かしてリベラの裾を掴んだ。その光景がマリーの面影と重なったリベラは、片手でポシェットの中を探る。


「――あった! ねえ、これ食べる?」


 毛玉は木の実を受け取ると、早速殻を齧って割り、美味しそうに中身を食べ始めた。


「サフィラス、この子なんて言う名前なの?」

「特に無いよ。好きに名付けると良い」

「うーん……じゃあ、“ネーヴェ”。 雪みたいに真っ白だから、ネーヴェって呼ぶね!」


 ふわふわと柔らかい毛を優しく撫でると、リベラはネーヴェをポシェットへと誘導する。


「サフィラス、早く次のところへ行こう? この子が疲れちゃう前に!」


 すっかり調子を取り戻したリベラに手を引かれながら、サフィラスは再び歩を進めた。

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