第一章 イルミス国編

第17話

 太陽が真上に昇る頃。二人と一匹は、目的地である“イルミス国”へ到着した。サフィラスは二枚のカードを、可愛らしい動物の着ぐるみを着た検問官に提示すると、事も無げにゲートを通過していく。

 そして国内に足を踏み入れ、周囲のヒトの様子を一瞥すると、ようやく声を発した。


「うん。仮面の効力は充分のようだ」


 そこかしこで見かけられる、手を繋いで歩く男女や、子供を連れた大人、友人グループであろう群れ。彼らは皆、各々の思い出作りに勤しんでおり、誰一人としてサフィラスを見る者はいない。するとリベラは、無垢な表情で問い掛ける。


「どうして仮面をつけると人に見られなくなるの?」

「これにはあるが施されていてね。リベラは“死角”という言葉を知っているかい?」

「しかく……? それって形のこと?」


 リベラが首を傾げると、サフィラスは微笑む。


「では、意味から教えよう。簡単に説明すると……死角というのは、瞳に映らない場所を意味するんだ」

「そんなところがあるの?」

「ああ。この仮面は、それを人為的に発生させているんだ。基本的には半永久的に効力を発揮する上に、身に着けている者が対象となるから、リベラであろうと使いこなすことができる。 ……けれど、幾つか欠点もあってね。“装着者の顔を知っている者”、“極めて視野の広い者”には通用しないんだ」

「えっ!? じゃあ、あの森にいた人たちには効かないの?」


 小声で驚くリベラに、サフィラスは小さく頷く。


「そういうことになるね。けれど国が異なる以上、彼らが公に接近してくる可能性は極めて低い。よって前者は、目下考慮する必要はない筈さ。後者に関しても、此方のがあるという前提条件をクリアしていなければ、視界に入れることすら不可能。故に、憂慮しなくてもいいだろう」

「そうなんだ……ねえ、普通に外すとどうなっちゃうの?」

「一般人であろうとお構いなしに人目につき、目撃情報は拡散され――結果として、あの日の夜に森で起きた事が再び訪れることになるだろう」

「……また、燃やされちゃうの?」


 声を震わせるリベラに、サフィラスは近場を漂っていた紅い風船の紐を掴む。


「あくまでも私の想定さ。とはいえ、策は講じてある。だから今は安心して、観光を楽しむと良いよ」

「……うん!」


 リベラは笑みを浮かべ、風船を受け取る。そしてもう片方の手でサフィラスの手を握ると、軽い足取りで歩き出した。



 何処を向こうと視界に映り込む、硝子越しに並べられたぬいぐるみ。何処へ行こうと聴こえてくる、軽やかな音楽。そして何処からともなく漂ってくる、甘い香り。


「……」


サフィラスは検問官から貰ったパンフレットを開くと、に目を通す。


 “桜色を基調とした建物が整然と並ぶこの国は、七つある国の中で最も娯楽に注力しており、その実力は折り紙付き。世界中から、旅行客が絶えず押し寄せている。斯く言う私も、その一人だった。やがて数多の蠱惑的な娯楽施設の虜となった私は、日々市街を練り歩き、血の滲むような努力を重ねて、一観光客から大臣にまで上り詰め――”


「何を読んでるの?」


 するとリベラがつま先立ちになり、パンフレットに顔を覗き込ませようとする。


「この国の特色が書かれたものだよ。リベラも見るかい?」

「うん!」

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