第9話

 食事の後始末と弔いを済ませ、二人は今後の方針について話し合う。


「サフィラス、この後はどこに行くの?」

「候補地は幾つかあるものの、特に行き先は決めていなくてね。リベラは、どのような風景を見たいだろうか」

「うーん……」


 リベラは、これまでに読んだ絵本の記憶を辿っていく。世界中の特産品が集まる国、本で埋め尽くされた国、遊び尽くせないくらいの遊具に出迎えられる国。いずれも甲乙付け難い魅力があり、頭を抱えていると、サフィラスは静かに首を振る。


「すまない、少々難しい問い掛けだったね。ならば手始めに、最も近い国へ行こう」

「うん!」


 リベラがまだ見ぬ景色に胸を膨らませていると、微かに地面が振動する。次第に揺れは激しさを増し、リベラはポシェットの紐を強く握る。


「わわっ……! じ、地震?」

「いや、これは――」


 次いで聞こえた地を這うような低い咆哮に、サフィラスは腰に提げた剣に手を掛けた。


「――来る」

「グウォォァァ!!」


 草木を薙ぎ倒し現れたのは、漆黒の毛を逆立てる大型の人食い魔獣グィーヴァだった。体長5mはあろう巨躯を豪快に揺さぶり、サフィラスらの前に立ちはだかると牙を剥く。


「下がって。樹の陰に隠れるんだ」

「う、うん!」


 サフィラスは剣を引き抜くと、真っ向から飛び込む。そして振り下ろされる爪をかわし、懐を滑り抜けながら、二本の後ろ足を斬りつけた。


「――グオオオオ!!」


 次いで崩れ落ちる巨躯を跳ねるように数歩で駆け上り、その首元に跨がると、止めの一撃を突き刺す。


「グア、ァ……」


 人食い魔獣グィーヴァが息絶えるのを確認すると、サフィラスは剣を一度振るい、鞘に納めた。そして何事も無かったかのように、樹の陰から顔を覗かせるリベラへと歩み寄る。


「怪我は無いかい?」

「う、うん」

「良かった。では、もう少しだけ待っていてくれるかな」


 すると、サフィラスはローブの内側から極小の宝石を取り出し、亡骸に右手をかざす。


「――Luos御魂よ.Akuodどうか,Tsel安らかに


 その声に呼応するかのように、亡骸からは一つの白い光が現れる。そして宝石へと飛び込み、内部には揺らめく白い炎が灯った。


「待たせたね。 ……さて、これ以上厄介事に巻きこまれる前に、早急に此処から離れよう」


 サフィラスは宝石をローブの内側に仕舞うと、戸惑うリベラの手を引く。


「――ま、待ってくれ!」


 だがそれも、一足遅く。人食い魔獣グィーヴァが突進してきた道から、くたびれた服を纏った一人の少年が、息せき切って現れた。しかしサフィラスは、振り返ることなく足を進める。


「なあ! その力をオレに貸してくれ! 頼む、母さんを助けたいんだ!!」

「っ……ねえ、サフィラス。その――」


 少年の悲痛な声に、リベラは立ち止まる。


「えっと……お話を聞くだけでも、駄目?」


 リベラに手を握られると、サフィラスは短く溜息を吐く。


「……ああ言われてしまっては、放ってはおけないね」

「うん!」


 サフィラスは繋がれた手を離すと、駆け寄ってきた黒髪の少年と向き合う。


「キミ、詳しく話を聞かせてくれるかい?」

「あ、ああ。実は――」


◇◇◇


 少年の抱える事情は、以下の内容だった。


 «母親が奇病に罹患りかんしたのだが、村の医者からは、未知の病だと匙を投げられた。悲嘆に暮れていたところ、突然やって来た旅人が、白壺草しらつぼくさなら治せると助言をくれた»のだと。


 少年は「警戒したが、一か八かで試すしかなかった」と、最後に唇を噛み締めた。


「その旅人がくれた地図が、コレなんだ」

「……確かに、この近辺だね」

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