第8話

 顔を上げると、青年がローブを脱ぎ、服の裾をたくし上げて川を歩いているのが見えた。やがて青年は、川の一点を見詰める。


「これで良いかな」


 青年は水中へ腕を伸ばし、激しく水飛沫を上げた末に、何かを抱きかかえて戻ってきた。腕の中で横たわっていたのは、丸々と太った魚だった。その一部始終を見ていた少女は、唖然とする。


「あ……もしかして、好きなお魚って――」


 少女の表情を一瞥すると、青年は難しい顔をし、少し離れた茂みの向こうへと姿を消した。


 暫くして青年は、何かを包んだ葉と拳ほどの大きさの果実、小枝の束を持って現れた。


「先は、言葉足らずで済まなかったね。どうやらお互い、勘違いをしていたようだ」

「ううん、大丈夫。それより、その……さっきのお魚さんは……」

「ああ、だよ。下処理は普段より丁寧に行ったけれど、気になった点があれば遠慮なく話してほしい」


 青年は川から離れた所にしゃがみ込むと、黙々と川辺の石で円筒を作る。続けてその中に枝を入れると、腰に提げている袋から、橙色の固形物を取り出して投げ込んだ。数秒後に白い煙が上がり始めると、青年は包んだモノで蓋をする。


「これで良し。葉の色が、緑から赤に変化したら完成だよ」

「う、うん」


 二人は平たい岩に並んで座ると、簡易窯と向き合う。そして少女は、パチパチと葉が焼かれる音を聞きながら、昨日を振り返り始めた。


 ……何故このような事態に陥ったのか。切っ掛けは、青年の落とし物を届けたことだろうか。突如として現れた青年、不意に襲来し森を焼いた兵士、それを指揮していた男。同時期に現れた彼らに、何か関係は在るのだろうか、と。


「――あ!」


 そこでふと少女は、ポケットに仕舞ったままの宝石を思い出す。それをさっそく取り出すと、首を傾げる青年へと差し出した。


「これ、お兄さんの?」

「うん、そうだよ。これは私にとって、何物にも代え難い大切なモノでね。こうしてキミが届けてくれて、とても嬉しいよ。有り難う」

「えへへ、良かった」


 青年は少女から宝石を受け取ると、首に下げた紐の金具に取り付ける。


「そういえば、未だ名乗っていなかったね。私の名はサフィラス。改めて、宜しく頼むよ」

「私はリベラっていうの。 ……ふふっ、初めて人のお友達ができて、すごく嬉しい!」

「キミは――リベラは、今まであの森で暮らしていたのかい?」

「ううん。四年前までは、違うところでお母さんと一緒にいたの」

「成程。その母親は、今は何処に?」

「えっと……天国に、いるの」

「――そうか」


 サフィラスは窯の中に砂を投入すると、声を震わせるリベラに微笑みかける。


「……打ち明けてくれて有り難う。さて、遅くなってしまったけれど、朝食にしようか」


 サフィラスは赤くなった葉を開くと、傍らに置いてある、桃色の薄皮に包まれた果実を手に取った。


「水分補給はこれで。 ――Ruoyキミに,Ykcul幸あらんことを


 サフィラスが言葉を紡ぐと、果実は淡く輝く。そしてそれを、前のめりになるリベラへと差し出した。


「わあっ、綺麗……!」

「はい、どうぞ」

「食べても良いの?」

「勿論。さあ、光が消えてしまう前に」


 リベラは果実を受け取ると、静々口を付ける。すると、瞬く間に不思議な感覚に包まれた。飲み込む度に心身ともに軽くなっていき、夢中になって堪能する。


◇◇◇


 やがて手元の果実が無くなる頃には、すっかり気分は晴れやかになっていた。リベラは満面の笑みを浮かべ、サフィラスに礼を述べる。


「すっごく美味しかった……! サフィラス、ありがとう!」

「どういたしまして。 ――さて、そろそろ頃合いだろう。此方の魚もお食べ」

「うん! いただきます」


 リベラは両手を合わせると、湯気を漂わせる生命を口に運んでいく。


「食べ終えたら、弔いをしてあげよう」

「……うん」


 サフィラスの言葉に、リベラは頷く。そして骨を丁寧に取り除いて、葉の上に置いた。

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