第4話 救いは閃光と共に
すると青年の眼前に、半透明の地図が浮かび上がった。森の北側では紅点が点滅しており、彼が指先で拡大すると、紅点はその数を増やす。どうやら一際大きい紅点を中心に、小さな紅点達が列を成しているようだった。
『成程、キミは其処に居るのだね。 ……ん?』
青年が顔を上げようとした直後、地図の端に蒼点が煌めく。どうやら蒼点は紅点を目掛け、徐々に接近しているようだった。
「!? これは――」
目を見開いた青年が胸に手を当てるも、そこに物は無く。石座の空いた革紐が、ただ虚しく下がっていた。
『……無い。ということは、この点の主はまさか――』
脳裏をよぎる、少女の影。地図を消した青年は、枝を蹴って身を投げる。
「――
そうして青年は、月夜にローブをはためかせた。
◇◇◇
勢いよく森へ向かった少女だったが、間もなく鎧の男に捕らえられていた。
「オラッ、さっさと歩け!」
「痛っ……!」
少女の前を歩く男が手にしていたのは、一本の麻縄。それは、少女の両手首に付いた鉄の枷に繋がっていた。
「やめて、離して! ひどいよ、どうしてこんなことするの!?」
「うるせえ、いいから大人しくしてろ! 殺されたいのか!?」
「ひっ……!」
男は腰に提げたナイフを抜くと、少女の喉元に突きつける。――明確で冷たい殺意。少女が黙ると、男は吐き捨てるように言い放つ。
「ふん、手間かけさせやがって。次喚いたら、子供だろうと容赦しねえからな」
「っ……」
その言葉には、本気の色が載っており。本能も相まって、自ずと口は固まった。男は少女の涙に舌打ちをすると、枝を踏み倒していく。
『ぐすっ……。この人たちが、お兄さんが言ってた“森を荒らす人”なの?』
数時間前の面影が、一片も残らぬ森。これから皆は、どう生きればいいのだろう。少女はどうにか震える脚を動かしながら、倒木の沈む泉へ振り返る。
『神さまお願い……。わたしはどうなってもいいから、代わりにマリーたちを守って……!』
牽引される傍ら、少女は密かに祈りを捧げた。
◇◇◇
やがて草原に着くと、少女は壮年の男が座る玉座の前に跪かされた。松明が粛々と辺りを照らす中、男は震える少女を疎ましげに見下ろす。
「不審人物を捕らえたという報を受け、確認してみれば……。忌み子、貴様か」
真紅の鎧を身に纏う、亜麻色の髪と紅の瞳を持つ男。地を這う声と蓄えられた髭は、嫌でも彼が君主であることを体感させられた。
「っ……」
更に男が巨漢ということも相まり、少女は萎縮する。だが――この人は、どうして自分を知っているのだらう。少女の疑問は、口から自然とまろび出る。
「おじさんは……誰?」
「フッ――そうか、我の顔を知らぬのであったな。ならば気紛れに答えてやろう。我は貴様の呪われた出自から、棲家であるボロ小屋に至るまでの一切を識る者なり」
玉座の男は愉快そうに口角を上げるも、押し黙る少女に舌打ちをする。
「……時に貴様は、小屋を離れ何を画策している?」
「えっ、と――」
「会話相手が欲しいのであろう? 何せ、動物なんぞに日々語り掛けているのだからな。その殊勝さに免じて我が務めてやる故、光栄に思え」
“しゅしょう”? “こうえい”? 男の放つ言葉の意味は分からないが、少女はどうにか会話を投げかける。
「……どうして、おじさんは私のことを知ってるの?」
「貴様が問う権利はない。疾く我の訊問に答えよ」
「わ、わたしは何も……っ。何もしてない、です……!」
「嘘を吐くでない!」
怒気を強めた男の声、取り囲む鋼鉄の壁。辺りに充満する、噎せ返るような焦土の臭い。幾つもの存在に圧倒され、少女の瞳には涙が滲んだ。だが男は剣を握り、一層低く唸り
「答えぬか! その喉は飾りか!?」
「う、ううっ……」
「……良かろう。口を割らぬのであれば、一薙ぎで切り捨てるのみよ」
男は鞘から剣を引き抜き、少女の喉元に切っ先を向ける。二人の間には、およそ届くはずのない距離があった。しかし沸き起こった歓声に、少女は咄嗟に目を瞑る。
『いや――だれか、だれか助けて!』
剣風が、少女の首をかすめた時。彼女のポケットに仕舞われていた宝石が、眩い光を放った。
「……大の大人が、寄って集って一人の少女を虐げるだなんてね。キミ達の腐り果てた性根は、今なお健在のようだ」
間近に聞こえた、冷徹な声。恐る恐る目蓋を開いた少女だったが、すぐにその表情は綻ぶ。
「――! お兄さん……!」
少女の目の前には、剣を構える白銀の青年がいた。
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