第5話 宣戦布告と逃避行

 虚をかれ、騒然とする鎧達。しかしすぐさま隊長らしき鎧が玉座に駆けつけ、青年に槍を構える。


「誰だ貴様! どこから現れた!」

「私かい? 其処でせせら笑う彼に聞いてみてはどうかな」

「なっ――無礼者! 陛下への挑発は万死に値するぞ!」


 「「是なり!」」。隊長の言葉に奮起し、鎧達もこぞって矛先を青年達に向ける。――萎縮する少女、切っ先を光らせる青年。だが玉座の男は、程なくして剣を納めた。


「下がれ」

「……はっ!」


 一瞥もくれぬまま発せられる、絶対的な命。その威圧にあてられた鎧達は、大人しく持ち場に戻り、固唾を呑んで見守らざるを得なかった。――代わりに草原を包囲する、呼吸すら躊躇う沈黙。だが元凶である二人は、睨み合ったまま微動だにしない。


「フッ――」


 渦中、余裕綽々しゃくしゃくと髭を持ち上げたのは玉座の男だった。


「久しいな。貴様が“研究所”を離れ暫く経つが、まさかこれほどまで成長しておったとは。姿でなければ、気が付くことも無かったであろう」

「……互いにね」


 声だけ聞けば、疎遠だった友と再会したかのような穏やかさを帯びている二人。しかし現実は平和とは程遠い剣呑さであり、少女は密かにパニックに陥っていた。すると青年は静かに目を伏せ、少女の拘束を剣で割る。


「……ひとりでよく堪えたね。後は私に任せておくれ」

「うん……っ、ぐすっ……」


 大粒の涙を流し、青年のローブに顔をうずめる少女。一方青年はされるがまま剣を仕舞い、玉座の男を見据える。


「さて……。キミとはこの場で決着をつける算段だったけれど、今回は撤退させて貰うよ」

「ほう。を連れ立ってか?」

「何か不都合でも?」

「貴様に利点が無いであろう。今後の足枷にならぬかと、ありもしない良心が痛むのだ」


 「よもや、泣きつかれただけで情が湧いた訳でもあるまい?」と、玉座の男は嘲笑する。――追うように響く、鎧達の笑い声。だが青年はフードを被ると、おもむろに少女の手を掴む。


「それは思い違いさ。あくまで、を二度と生み出さない為に救うだけだよ」


 青年が左手を掲げると、鎧達は一斉に槍を二人に向ける。距離こそあれど、四面楚歌。細身の剣一本では、少女はおろか自身を護ることすら不可能だろう。しかし青年は、躊躇うことなく口を開く。


「――Ebot飛べ.Agetnam魔王の手が,Eitunibon届かぬ地へ.retawlaeh清水は癒せ,otaforacs蹂躙の傷痕を

「討て!」


 舞う土埃。だが、強襲の槍は届かない。青年と少女が蒼い光を纏い、空へ飛翔したからだ。――慌てた鎧達が天を仰いだのもつかの間。森の一箇所から、大蛇の如く水柱が立ち上った。


「ひいいっ!」

「な、何だアレは!?」

「うろたえるな! 陛下をお守りしろ!」


 隊長の叱咤も虚しく。月を背にした巨大な水流は、幾人もの鎧を戦意喪失させる。――懺悔する者、火の海に飛び込む者。しかして唯一、玉座の男が歯を見せ笑っていた。


 そんな男に挑発されたのか。大蛇は身体を更に膨らませたかと思うと、頭を急降下させる。風圧に晒されるは、青年に切っ先を向けた者共。


「うわああぁぁぁ! 落ち――」


 絶望に顔を覆う鎧達。しかし大蛇は、彼らに見向きもせず。全身で森を飲み込むと、たちまち炎を道連れに霧散した。


「助かった……のか?」


 恐る恐る顔を上げる鎧達。彼らの視界に映ったのは、辛うじて周囲を照らす篝火と、だった。炭と化したはずの木々も、焦土と成り果てた豊かな大地も。その全てが例外なく元の姿に戻っており、随所から困惑の声が上がる。


「な――、何が起きたんだ?」

「あいつ……ほんとに人間か?」

「……昔、研究者から聞いたことがある。《人ならざる者――この世に存在しない瞳と髪をもつ化け物が、生きた人の魂を喰らう》と。白銀の髪に、紫色の瞳……あの見た目は、もしかすると」


 だが突如として、彼らの耳を銃声がつんざく。鎧達が怖怖振り返ると、玉座の男が長銃を空へ向けていた。


「黙れ。我の赦しを得ずして口を開くは、万死に値する。我が獣の餌の任を命じられたくなくば、疾く退陣せよ」

「はっ! 大変申し訳ございません!」


 硝煙と共に銃口を向けられた鎧達は、頭を深く下げると、そそくさと槍を携え帰還を開始する。それを鼻であしらうと、玉座の男は黒馬のあぶみに足を掛け、手綱を引いた。


「フッ――そうだ、何処へでも存分に逃げ惑うが良い。どれだけ足掻こうと、我にかしずく運命からは決して逃れられぬのだからな」

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