第6話 差し込む光に手を伸ばす
その日――少女は夢を視た。涙を滲ませる少年が、牢獄に独り幽閉されている夢を。
◇◇◇
「よし、できた……! 今度こそ……今度こそ成功してやる!」
10にも満たない少年の声が、淀んだ牢獄に響き渡る。まるで洞穴のように暗く、窓の一つもない空間。更にレンガにはカビが生えており、少女は咄嗟に息を止める。
枚挙に暇がない、劣悪な環境下。さながら大罪人の檻の中で、少年は両足首に枷を嵌められていた。……荒れた髪、染みだらけの服の姿で。
あまりの過酷さに、自死を選んでもおかしくない状況。だが、彼の表情に絶望は宿っていない。それどころか彼は宝石を握ると、何やら祈りを捧げ始める。
「――」
聞き取れない言葉を囁く少年。すると宝石は、呼応するかのように淡い光を瞬かせる。同時に内部に浮かび上がった、小さな蕾。それは徐々に膨らみ始め、間もなく大輪の花を咲かせるかに見えた。だが――
「あっ!」
少年の祈りも虚しく。宝石はひび割れ、あっという間に光を失った。
「〜〜〜っ!! 何で……っ、どうして上手くいかないんだ!」
宝石を床に叩きつける少年の瞳には、大粒の涙が滲む。しかし腕で乱暴に払うと、傍らの木箱から、新たな宝石を取り出した。
「早く、早く完成させないと……。そうしないと僕は、お母さんを――!」
次いで少年は、目の前の鉄の箱に手を伸ばす。――威圧感を放つ、ベッドより大きな鉄の箱。だが観音開きの蓋は、端の方に一つしか付いていない。
『っ、見ちゃいけない気がする』
少女が目を覆う一方。少年は蓋を開け、中を覗くや否や顔を顰める。
「うっ……だめだ、もう腐ってる。こんな雑なやり方をされたら、半日ももたないのに」
僅かに晒された、黒ずんだ肉塊。丸みを帯びた部分からは、毛が無数に生えていた。しかして少年は蓋を閉め、裾で手を拭う。
「……仕方ない。話しかけたくはないけど、お母さんを助けるためだったら、何だってしてやるって誓ったんだ」
鉄格子を睨みつけ、揺るぎ立つ少年。その先に巡回する鎧が現れると、彼はにこやかに声を掛けた。
「すみません兵士さん。材料が傷んできたので、新しいのをあと10体ほどくれませんか?」
◇◇◇
生々しい悪夢の果て。少女は、反響する鳥のさえずりで目を覚ます。
『ん――あれ、もう朝……? わたし、いつの間にか寝ちゃってたんだ』
おもむろに上体を起こすも、視界は仄暗く。見慣れた木々が無ければ、差し込む陽の光もない。――まるで夢の続きのような光景に、少女は息を呑み目を走らせる。
『……どうしてここで寝てるんだっけ』
いくら見渡せど、岩壁が有るばかりの風景。辛うじて得られる情報といえば、青年が焚き火の前で座っていることくらいだった。しかしそれだけで安心を覚え、少女は胸を撫で下ろす。
『そっか、わたし――お兄さんといっしょに、森から逃げたんだ』
けど、どうやってここまで来れたのだろう。掛けられていたローブを一瞥し、青年を遠巻きに見る。
上下ともに、黒い衣服を着た青年。ベルトと剣が白銀の輝きを放つ他に色は無く、少女は思わず自身の格好と比較する。
『変じゃない……よね?』
淡いピンクのワンピース、焦げ茶色のケープ。交互に見つめて答えを探すも、自信は無くなるばかり。
『……あっ』
頭を上げた拍子に、後頭部のリボンが落ちる。ひとまず髪を結い直していると、青年と目が合った。
「調子はどうだい? よく眠れただろうか」
「うん。ローブ、貸してくれてありがとう。えっと……ここはどこ?」
「臨時の避難場所だよ。国境を越え、人里からも離れている地さ」
分かるようで分からない。とりあえず、あの森からは遠いという理解で良いのだろうか。そんな感想が顔に出る少女に、青年は枝を左手に取る。
「……さて。起き抜けに申し訳ないけれど、キミが気絶した後の経緯を、図を用いつつ説明させてもらうよ」
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