第3話 夢は篝火に溶ける

 雫をかたどるその内部には、うっすらと白い花が浮かび上がっており、傾ける度に様々な表情を見せる。


「わあ、綺麗……! 来た時は無かったし、あのお兄さんの物かな?」


 顔を上げるも、既に人気は無く。少女は宝石とにらめっこし、次の対応を考える。すぐに気付いて戻って来るかもしれない。けど、動物が隠してしまったらどうしよう。だったら――


「……ここに忘れられたままだと、かわいそうだよね」


 悩んだ末少女は、宝石をハンカチで包み、ワンピースのポケットに仕舞った。ようやくついた一区切り。しかし振り向けど、マリーはおらず。仕方なくうろに残りの木の実を入れ、少女も家路についた。


◇◇◇


 疑問を抱えながら、少女は夜を迎えた。


「ふあ……っ。眠いけど、もう少しだけ読もう」


 あくびをする少女は、二階の寝室のベッドに腰を掛け絵本を読んでいた。その内容は〚親鳥に虐げられた小鳥が、心優しい魔法使いに出逢い、自身の生に意味を見つける〛というものだった。


「……いいな。わたしもいつか、このお家から――」


 やるせなさから、窓の向こうを眺める。しかし木々が視野を阻み、少女は口を結んだ。だが見慣れた森も、「今日ばかりは味方しない」と言いたげに揺れる。それでもどうにか夜空を仰ぐと、視界の端に、橙色とうしょくの光が刹那に灯った。


「……あれ? 何だろう、流れ星かな」


 視線を少し下げ、瞬きも惜しんで次を待つ。するとあろうことか、橙色は森から現れた。少女は咄嗟に絵本をベッドに手放し、窓に貼り付く。


「っ、どうして森が光って――」


 橙色とうしょくの光は徐々に森を侵食し、白煙を立て始めた。――揺らめく夜の帳。羽ばたく鳥達。そして、落ちた絵本がぶつかる痛み。突きつけられた幾つもの現実に、いよいよ少女は青褪める。


「だめ、このままじゃ森のみんなが……!」


 「何があろうと、決して外に出てはならないよ」。青年の警告が再度脳裏を掠めるも、少女は無意識のうちにケープを羽織り、ポシェットを肩に提げる。


「マリー!」


 そして階段を駆け下りると、脇目も振らずに家を飛び出した。


◇◇◇


 一方その頃。件の青年は、森の中にいた。


 が進行する渦中は、少しの呼吸を躊躇うほど荒れている。しかし顔の下半分を布で覆う彼は、燻る空気に眉ひとつ動かさない。ただ大樹の枝にしゃがみ込み、忙しなく徘徊する鎧達を見下ろしていた。


「いたか!?」

「いや、こっちにはいない!」

「クソ……ッ! コソコソ隠れてないで出てきやがれ!」 


 彼ら自身は堪えているのか、時折水を飲んでは吐いている。だが、それでも往来は減らず。殺気を帯びた声は、木々の合間を絶えず行き交っていた。すると青年は、殺意を溜息で中和する。


『……想定よりも数が多い。加えて、主君と同様に嗜虐的なのも目に余る。他の生命の為にも、今この場で殲滅してしまおうか』


 静観していると、一人の鎧が松明を投げる。――辛うじて残っていた。だがそこからも間もなく、焦げた臭いと煙が巻き上がった。すると隠れていたリスが飛び跳ね、傍に居た鎧達は腹を抱え笑いだす。


「ははっ、いいぞいいぞ! こうなったら全部燃やしちまえ!」

「おい見ろ! アイツ、毛に火が燃え移ってるぞ!」

「ギャハハハ、おもしれぇ! すっげー苦しんでんじゃん! やっぱ合法的な殺戮はたまんねぇなあ!」


 逃げ惑う生物達の悲鳴に、鎧達は嘲笑うことを止めない。……彼らの興奮に一層混沌としていく森は、さながら地獄のようだった。だがそれでも逃げおおせようと、茂みから一頭の牡鹿が現れる。


「ハハッ、次のエモノはお前だ! 死なない程度に痛めつけてやる!」


 もはや彼らに火は見えない。鎧達は手にした槍で、牡鹿オジカを追い回し始めた。牡鹿も必死に駆けるが、炎に阻まれ同じところを往復するばかり。


「終わりだ!」


 そして鎧達が、牡鹿の背に槍を振りかざした直後。青年は遂に口を開く。


「――Eagu穿て


 青年の指先から放たれた、紫苑の一閃。それは鎧を貫き、瞬く間に死体を生み出した。一瞬にして訪れた、歪な静寂。だが青年は飄々と、独り言にもとれる声掛けをする。


「さあお行き。くれぐれも、立ち止まってはいけないよ」


 不測の事態に、牡鹿は硬直したまま鎧を見つめる。しかし青年と目があった途端、怯えたように遁走した。


「……。後始末の必要はないかな」


 彼の瞳に映る鎧は、糸の切れたマリオネットが如く動かない。青年はそれらをひと通り凝視した後、剣のグリップから手を離す。


『とはいえ……幾ら雑兵を潰そうと、頂点に立つ彼を消さねば意味がない。ならば、真に私が取るべき行動は――』


 青年は立ち上がると、密かに言葉を紡ぐ。


「――Kram印せ,Aeraongik王の駒を

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