第37話

「わあ、すごい! これって、どうなってるの?」

「え、ええ。これはアバターという、仮想空間に自分の人形を作るシステムなの。アタシの場合は該当しないけど、一般的にはプライバシーを守る為に使われているわ。原理は難しいから……そうね、そういうで動いてると思って頂戴な」

「そうなんだ……? ねえ、ロアのアバターも見てみたいな」

「分かったわ。ちょっと恥ずかしいけど――はい、この子よ」


 ロアが機械を操作すると、もう一人のアバターが画面に現れる。それは彼本人によく似ており、紺鼠の髪の上には空色の小鳥が乗っていた。するとリベラは、ロアとアバターを交互に見る。


「ううん、恥ずかしくなんてないよ。ロアみたいに服もオシャレだし、頭の鳥さんも、とってもかわいい!」

「そ、そう? そんなにベタ褒めされると照れるわね」

「ねえ、この子たちって動くの?」

「ちょっと待っててね、確かこの辺に――」


 ロアは席を立つと、背後の棚から何かを取り出して戻ってきた。


「あとはコレをリンクさせて……っと」


 そして着席し、緑色のアクセサリーを機械の側面に接触させると、素早く文字を打ち込んでいく。その僅か10秒後、ロアはリベラにアクセサリーを差し出した。


「はい、リベラちゃん」

「? これって、ネックレス?」

「それが、アバターを動かすために必要なアイテムなの。使い方は至ってシンプル、首に掛けるだけよ」

「んしょ……っと。これで良い?」

「うんうん。その状態で、適当にポーズをとってみて?」

「えっと――」


 リベラは暫し考え込んだ後、くるっと一回転をして、ワンピースの裾を少し持ち上げる。すると画面の中のリベラも、数秒後に全く同じ動きをして見せた。


「わっ、同じ動きをしてる!」

「ね、スゴイでしょ? 流石にネーヴェちゃんのサイズは無いから、デフォルトのモーションを選ぶしかないけど」

「そっか……でも、充分かわいい! いつかネーヴェとも、この中で遊べるようになるといいな」


 そう言うとリベラは、画面の中のネーヴェと戯れ始める。その様子にロアは、密かに手元の小型の機械に触れる。


「ふふっ、こっそり録画しちゃおうかしら……って。今生放送中じゃないの! ちょ、ちょっと待って!?」


 ふと我にかえったロアは、大慌てで画面に貼り付く。リベラも呑気に首を傾げるも、直ぐ様事に気が付いた。


「――あ! そういえば、お仕事をしてる最中だったよね。邪魔してごめんなさい……」

「……いえ、気にしないで。そのまま続けて頂戴? どうやら、リベラちゃんのことを気に入ったみたいだから」


 ロアは立ち上がると、リベラに席を譲る。


「? うん、分かった」


 リベラは浮かんでは消える文字に目を通すと、笑顔で椅子に座った。


「えっと……皆、こんばんは! 私の名前はリベラっていうの。少し前にこの国に遊びに来たんだけど、ここって、すっごく楽しい所なんだね! あちこちに動物さんがいたり、美味しいご飯が食べられたり。皆は、この国のどんなところが好き? 良かったら、教えてほしいな」


 画面上には溢れんばかりの文字が浮かび上がり、リベラはその一つ一つに丁寧に反応していく。ロアはアクセサリーを静かに胸元のポケットに仕舞うと、彼女の背後から顛末を見届ける。


『……それにしても、一体何が起きたっていうの? アカウントの乗っ取りでも、機械の誤作動でもない。他に可能性は思い浮かばないし、それこそAIが意思をもって端末を操作しないと――』


 そこでふと、彼女が自己選択式輸送装置セルフトランスポーターに触れた時を思い出す。


『ふふっ。 ……まさか、ね』


 画面右下の数字は、いつしか3000万を超えていた。

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