第36話

 一方ロアは、寸暇を惜しんでテーブルに齧り付いていた。傍らでリベラが心配そうに見守る中、ひたすらに指を動かしていく。


「ふふふ……今まで培ってきた信頼を、フルで使ってやるわ! 狂人? 何とでも言いなさい!」


 天井から吊り下げられた画面に映し出されているのは、ロアの入力した文字と、サフィラスから実時間で送られてくる情報。映像は無音で流れており、警邏の者が廊下を巡回している姿が映し出されていた。


「“皆、今日も観に来てくれてありがとね! 今回はいつもとは主旨を変えて、超重大スクープをお届けするわ。題して「肉薄! 遂に解き明かされる、イルミス国の真実」。一夜限りの生放送だから、絶対に見逃さないで頂戴ね”」


 画面右下では、数字が忙しなく一定数を往復しており、ロアは何度もそこに目を向けながら観客に応える。


「BGMはコレ、応援コメントには返事を欠かさずに。観ていて飽きないように発言には緩急つけて――」


 瞬きを惜しんで、ロアは幾つもの情報を処理していく。しかし、やがて表情を曇らせると頭を抱えた。


「マズイわね……視聴者数が予想より低いところで頭打ちになっちゃったわ。このままじゃ……」


 目標は人口の80%。数にして、約4,000万人。対して、画面上の数値は1,000万。放送を開始してから20分ほど経つが、必要値の半数にすら届いていなかった。


『それにしても……どうしてかしら? 今日は人気の放送も、人が出掛けるようなイベントもない。普段通りなら、すぐに達成できる数値なのに』


 ロアはもう一つの小型の機械をテーブルに置くと、イルミス国のタイムスケジュールを確認する。


「っ……! 何よ、コレ――」


 そこにはサプライズ企画として、“本邦初公開、最新テクノロジーを駆使したトリシティック・フェスト”という文字が、デカデカと記載されていた。その主催者は外務大臣であり、ロアは息を呑む。


「……驚いたわ。まさか、真っ向から邪魔してくるだなんて」


 次いでロアは、現在の外出率を検索する。するとその割合は、驚異の70%を記録していた。


「――」


 気が付けば画面上の数値も徐々に下がり始め、ロアは機械から手を離す。


『……そうよね。いくらアタシがそれなりに有名だとしても、全国民が知ってる大臣には敵いっこない。この国では彼の支持者も多いのに、なんで渡り合えるって思っちゃったのかしら』


 俯くロアの耳には遠ざかる足音が聞こえ、ふと横を見る。そこには取り残されたネーヴェがおり、ロアは両手で頬を叩いた。


『――ダメよ、アタシ! 弱気になってたら、彼の目的もリベラちゃんの旅も、ここでのよ! ……考えるのよ、この状況を挽回できる方法を!』


 ロアが唸っていると、トレイを持ったリベラが現れる。


「えっと……お茶とお菓子、持ってきたよ。少し休まない?」

「……そうね。お言葉に甘えて頂くわ」


 ロアは伸びを一つすると、硝子の皿に盛られたチョコレートを摘む。


「んー、美味しい! リベラちゃんも一緒に食べない?」

「うん、いただきます!」


 リベラもチョコレートをコロコロと口の中で転がすと、間もなく頬を緩ませた。ネーヴェもチョコレートを熱心に舐めており、ロアは声を漏らす。


「ふふっ、同じ顔して食べるのね」

「そ、そんなに似てた?」

「ええ。両手でお菓子を持って、口を一生懸命動かしてるところとか」

「うう、恥ずかしい……」


 顔を赤くするリベラに微笑みを向けると、ロアは腕を組む。


「さて、と……この難問を解決するには――って」

「何かあったの?」

「どうして、リベラちゃんとネーヴェちゃんのアバターが……?」


 機械の前で硬直するロアに、リベラも画面を覗き込む。するとそこには、リベラとネーヴェと酷似したアバターが映し出されていた。

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