第27話

 夕食から少しの時間が過ぎた頃。ソファーに座るサフィラスは、リベラが浴室を借りている間に口火を切る。


「ロア。先程の話の続きなのだけれど」

「“リベラちゃんを預かってくれ”、なんていうお願いだったら却下よ」

「……何故それを?」

「あの子から聞いたのよ。アナタとどういう関係で、どうして一緒にいるのか。そして、アナタがを使えるってことも。半信半疑だったけど、待ち伏せしておいて良かったわ」


 ロアはサフィラスの真正面に腰掛けると、揺らぐ紫苑の瞳を見つめる。


「驚いたわ。まさか、何十年も前に滅んだ種族が実在していただなんて」

「――」

「昔、歴史資料を漁っていた頃があってね。その時見かけた一冊に、こう書かれていたの。“白銀の髪と紫苑の瞳を持つ、長命の種族。彼らは不思議な力を操り、生物の魂を意のままに宝石に閉じ込める。 ――その名も、魂晶師”と」

「……随分と、大仰に書き記されているんだね」

「そんな事ないと思うわよ。だって、さっきアナタがやってみせた空からの帰還、今の人間には出来やしないんだから。もしかしたらアレを書いた人も、畏怖を籠めていたのかもね」

「ならば、尚更納得がいかない。其処までのにも拘わらず、何故拒否するんだい?」


 するとロアは不満気な顔をし、サフィラスの額を指で軽く弾く。


「一方的に引き離そうとしているからよ。リベラちゃんの気持ちは聞いたの?」

「問わずとも分かるよ。 ……この短期間で、私は彼女に負荷をかけ過ぎた。兵士らから詰問を受けさせ、眼前で人喰い魔獣グィーヴァを殺して。そして先程、悪漢の餌食とさせてしまった。表面上は笑顔を取り繕っているけれど、心の底では、一刻も早い解放を待ち望んでいるだろう」

「〜〜っ、もう! じゃあ、こうしましょ。明日の朝、タイミングを見計らってリベラちゃんに聞くの。あの子が“ここに残りたい”って答えたら、アタシが責任を取るわ。 ――けど、“一緒に居たい”っていう答えが返ってきたら。その時は、腹括りなさいよ」

「……約束するよ」

「ふふ、交渉成立ね?」


 サフィラスが頷くと、ロアは静かに笑みを浮かべた。


◇◇◇


 迎えた朝は、サフィラスの心境を逆撫でする程清々しかった。カーテンを引いて陽の光を遮ると、シワひとつない寝間着をベッドの隅に置く。


『……このまま姿を消してしまおうか。今ならば、背後から術を掛けることも可能だろう』


 扉の向こうからは二人の談笑が聞こえ、彼の脳裏には邪念が横切る。


『……いや、それは禁じ手か。きちんと向き合い、別れを告げなければ』


 サフィラスは髪を革紐で結うと、ドアノブに手を掛けた。


◇◇◇


 ドアを開けると、ふわりとパンの焼ける香ばしい香りが鼻をくすぐった。キッチンを向くとリベラと目が合い、すぐさま彼女が駆け寄って来る。


「サフィラス、おはよう!」

「おはよう、リベラ。今日も調理の手伝いをしているのかい?」

「うん。少しでも、サフィラスが元気になれたら良いなって」

「……それ程、無気力に映るだろうか」

「えっと……うん。それに何だか、難しいことを考えてるようにも見えるよ」

「――」


 視線を落とすと、エプロン姿の彼女の手には、動物の型抜きが握られていた。するとサフィラスは、一歩下がって応える。


「有り難う。けれど、私の事はこれ以上気に掛ける必要はないよ」

「え――それって、どういう……」

「さあ、お行き。ロアが待っているよ」

「……うん」


 声を震わせるリベラの先を見据え、サフィラスは彼女をキッチンへと促した。

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