第26話
少しばかりの罪悪感を胸に、サフィラスはバルコニーに降り立つ。すると、窓の開閉音と共に二人が駆け寄ってきた。
「お帰りなさい!」
普段と変わらぬ無邪気な笑顔のリベラは、何故か可愛らしいフリルのエプロンを着けていた。次いで視線を動かすと、同じくシンプルなエプロンを着けたロアが、微笑みながら手招く仕草を見せる。
「お帰りなさい。リベラちゃんと夜ご飯を作ったから、冷めないうちに一緒に食べましょ?」
「……驚いた。まさか、出迎えられるとはね」
サフィラスが目を伏せると、リベラはその先に立って顔を上げた。そして続けざまにロアは彼の手を取ると、室内へと誘導する。
「さ、そんな所でいじけてないで。まだ夜は冷えるんだから、風邪引いちゃうわよ?」
ロアの首元から顔を見せるネーヴェは、横切った夜風に潜り込んだ。
「キミは――いや、そうだね。有り難く御相伴に与ろう」
二人に促されるままに、サフィラスは窓を通り抜ける。暖かなテーブルの上には、三人と一匹分の食器が並べられていた。
一つだけ置かれた小さな皿には、木の実の殻と千切れた葉っぱが入っている。その傍らでは、ネーヴェが殻を齧って遊んでいた。
「リベラちゃん、簡単なお料理は昔からやってたらしくてね。すっごくキレイに、飾り切りや盛り付けをしてくれたのよ。ほら、見て?」
ロアがキッチンから運んで来たのは、湯気が立ち上る大きな鍋だった。とろみのついた乳白色のスープからは、星やハート型を象った色取り取りの野菜が、ひょこひょこと顔を覗かせている。リベラは頷くと、もじもじと指を動かす。
「うん。けど、少し失敗しちゃったのもあるから……」
するとサフィラスは、リベラに向けて鍋を指す。
「先に手を付けても良いかい?」
「う、うん」
サフィラスがレードルでスープを掬うと、歪な芋が現れた。橙色の動物は所々欠けており、リベラは気まずそうに俯く。しかしサフィラスは構わず口に運ぶと、静かに微笑んだ。
「うん、美味しいよ。見た目に関しても、食べてしまうのが勿体ないくらい可愛らしい」
「良かった……!」
リベラは胸を撫で下ろすと、手元の器に鍋の中身をよそっていく。そしてひと口食べると、満面の笑みを浮かべた。すると、ロアが目を細める。
「ふふっ、まるで兄妹みたいね」
「……そうだろうか。キミの方が余程、
「あら、ホント? なら後は、パートナーを見つけるだけね!」
「おや、伴侶は居ないのかい? ならば、その件で相談があるのだけれど」
「げほっ、げほ――えっ!? 急に何!?」
「実は――」
しかしロアに交渉を持ちかけようとした瞬間、リベラと視線がぶつかる。サフィラスは言葉を詰まらせると、やがて首を横に振った。
「……いや。頃合いを見て、改めて話をさせてもらうよ」
「も、もう! お見合いでも申し込まれるのかと思ったわよ!」
ロアは大袈裟におどけると、スプーンの先を器に沈める。しかして食事の場は、穏やかに過ぎていった。
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