第22話

「サフィラス、大丈夫かな……」

「そうね……もう少し待っても戻って来なかったら、アタシが様子を見に行くわ」


 無事建物から脱出したリベラは、裏口で青年と合流を果たしていた。賑やかな声が遠くに聞こえる中、青年は曇った表情のリベラに寄り添い、周囲の様子を窺う。


『まさか、建物丸ごと誘拐犯の巣窟だったなんて……』


 手元のパンフレットに書かれた“女の子に大人気、カワイイグッズが盛りだくさん!”という売り文句に、青年は眉を顰める。


『こうやって、お店に来た子を物色していたのね……けど、おかしいわ。国中に防犯システムは張り巡らされているのに。どうして警邏官は、この店を摘発しないのかしら。 ――もしかして』


 ふと過ぎる悪い予感に、青年は首を横に振る。


『っ、ダメダメ! まだと決まったワケじゃないもの。今は取り敢えず、リベラちゃんのフォローを――』

「サフィラス!」


 リベラの声の先には、サフィラスがいた。リベラは真っ先に駆け寄ると、サフィラスに抱きつく。


「良かった……全然帰ってこないから、心配してたんだよ?」

「すまない、少々手こずっていてね。 ――さて、このまま留まっていては面倒だ。ロア、案内を頼めるかな」

「え、ええ。こっちよ、ついて来て頂戴」


 ロアと呼ばれた青年は頷くと、生け垣の迷路を先導する。やがて数歩下がると、サフィラスに耳打ちをした。


「……後で、何があったか聞かせてよね」


 サフィラスが目配せをすると、ロアは再び先頭に立った。


◇◇◇


 辿り着いた先には、瓦がふんだんに使用されている極大の建物が、大きく口を開けていた。その奥には白い花々が空間を彩っており、その根元では薔薇色のドレスを着た女性が、たおやかに楽器を奏でている。

 しかしロアはそれらを気にも留めずに突き進むと、カウンターに佇むスーツ姿の男性に声を掛ける。


「戻ったわ」

「おかえりなさいませ。では、こちらのカードキーをお返しいたします」

「ありがと。そうそう、今日の夕食以降の食材なんだけど。当分、三人前用意して貰えるかしら。それと、後ろの二人の着替えもお願いするわ」

「かしこまりました。では、後ほど合わせてお届けに伺います」

「ええ。いつも助かるわ」


 男性はサフィラスとリベラをそれぞれ一瞥すると、迅速にペンを走らせる。そしてロアに向き直ると、胸に手を当て一礼した。ロアも会釈をすると、再び通路に立つ。


「じゃ、二人とも行きましょ」


 そしてカウンターに沿って突き進み、透明な四角い箱の前で立ち止まった。その奇妙な外観に、サフィラスはロアに問い掛ける。


「これは?」

自己選択式輸送装置セルフトランスポーターって言って、自分が設定した目的地まで、自動で送ってくれる機械なの。大丈夫、乗っても怪我はしないし、事故も起きないわ」


 ロアは先行して内部へ入ると、壁の窪みにカードキーを翳す。すると、何処からともなく声が響いた。


「ロア様、おかえりなさいませ。本日はお客様がお見えになると伺いました。従いまして、心ばかりではありますが、アロマ機能及びミュージック機能をご提供させていただきます。目的地到着までどうぞごゆっくり、上質なひと時をご堪能ください」


 その無機質な声に、リベラは胸元を押さえながら息を吐く。


「び、びっくりした……」

「あら――ごめんなさいね。AIはどうも、その辺の配慮が苦手みたいで。アタシもよく驚かされるわ」

「えーあい? って、何?」

「この子のことよ。機械だけど、ある程度のことは自分で考えて行動する作りになってるの」

「そうなんだ……? よく分かんないけど……よろしくね、えーあいさん!」


 リベラが箱の側面を撫でると、僅かに箱内部の温度が上昇する。その様子にロアは微笑むと、再び窪みに触れた。


「二人は慣れていないでしょうし、もし具合が悪くなったりしたら、遠慮なく教えて頂戴ね」

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