第21話

 痩せぎすの男は引き下がると、傍の木箱へ腰掛ける。一方で小太りの男は舌舐めずりをしながら、リベラの髪に手を伸ばす。そして慣れた手付きで、五本の指一本一本に絡ませた。


「ああ――最高だ! この指を通り抜ける、無垢でしなやかな感触! そして肌も、一切の穢れがなくきめ細かい! 今まで散々を繰り返してきたが、お前のような美しい少女は初めて見た!」

『っ――!』


 リベラは精一杯顔を背けるも、小太りの男に顎を片手で固定される。


「そうだ、今からでも遅くない。お前は俺が買い取る。そして手塩に掛けて、理想通りの女にしてやる!」


 ゆっくりと近付いてくる目を血走らせた男に、リベラは強く瞼を閉じる。そして鼻息を間近に受けた直後、鈍い音が耳に届いた。


「へぶっ!?」


 間もなく小太りの男の声は遠くに飛んでいき、壁に衝突した音が聞こえる。


「アニキ! クソっ、よくも――」


 痩せぎすの男の声は焦燥の色を帯びたが、何かが折れる音と共に消えた。やがて静まり返った部屋には、足音が響き渡る。


「……遅くなってすまない。直ぐに外すよ」


 口元を解放されたリベラが恐る恐る瞼を開くと、悲痛な面持ちをしたサフィラスと目が合った。


「何もされなかったかい?」

「えっと……ううん、大丈夫。それより、あの人たちは?」

「伸しておいた。そしてこれより、彼らを捕縛し然るべき場所へと運ぶ作業を開始する。さあ、彼らが起き上がる前に、この場を離れるんだ」

「う、うん」


 リベラは頷くと、階段を駆け上がっていく。やがて扉が閉まる音が聞こえた後、サフィラスは床に転がる小太りの男の前でしゃがみ込んだ。


「さて……」


 泡を吹いている男を一瞥すると、その胸元に宝石を置いて立ち上がる。


「――Oyluos魂よ,Nestsol雲散霧消せん


 そして淡く輝き始めた宝石を、鞘から引き抜いた剣で男諸共突き刺す。その衝撃に男は目覚め、自身の胸元から溢れる血を必死に押さえる。


「がっ!? あ、たす……け――」


 亀裂の入った宝石は禍々しい光を放ち、男の逝去と同時に石塊いしくれへと化した。その最期を見下ろした後、サフィラスは次の標的を視線で射抜く。


「……次は、キミの番だよ」

「ひっ――イヤだ! 見逃してくれ!」

「何故?」

「お、オレは何もしていない! あのガキにも触ってない!」


 鼻血を流す痩せぎすの男は、壁際へ後退りをしながら、弁明を続ける。


「もうこんな事はしない! 足を洗って、マトモな人間になる! だから――」

「戯言は、右手のナイフを手放してからすることだ」

「あ、ああ……違う! 違うんだ! これは――がっ!?」


 サフィラスは男の胸ぐらを掴むと、壁に打ち付けて宝石を咥えさせる。


「ひゃ、ひゃめふぇふれ……!」

「――Oyluos魂よ,Nestsol雲散霧消せん


 淡く輝き始めた宝石に、男は顔を濡らして懇願する。しかしサフィラスは躊躇うことなく剣を男の口腔に突き刺し、その生を絶った。

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