第20話

 サフィラスの視界に映ったのは、カフェで振り解いたはずの青年だった。青年は肩で息をしながらサフィラスの隣に座り込むと、厚みのある封筒を差し出す。


「コレ、忘れ物よ。お店の人、困ってたんだからね?」

「チップとして、渡したつもりなのだけれど」

「額がデカすぎるのよ……あの子のお給料のニヶ月分はあるわ」

「成程。過剰な謝礼は、かえって無作法ということだね。二度に渡る指導、感謝するよ」

「アンタねえ……」


 青年は額に手を当てるも、直ぐに慌てた様子で周囲を見渡す。


「……ちょっと、あの子は?」

「席を外しているけれど、何か問題でも?」

「大アリよ!」


 すると青年は、小声で説明をし始める。


「この国、最近誘拐魔が出没しているのよ。しかも、狙われたのは小さな女の子ばかり。 ……あの子も目を離していたら、いつ狙われるか分かったもんじゃないわ」


 真剣な面持ちの青年に、サフィラスは眼前の建物へと向かう。しかしその先にリベラの姿は無く、困惑する店員が居るだけだった。


◇◇◇


 その頃リベラは、薄汚い服を着た坊主頭の二人組に連れ去られ、埃臭い部屋で椅子に拘束されていた。化粧室を借りようと店員に案内を頼んだが、その先で待ち構えていたのがこの男達。抵抗も虚しく麻袋を被せられ、今に至る。


『ここはどこ? 私はこれから、どうなっちゃうの?』


 やがて視界と口の自由を奪われたリベラは、恐怖を堪えながら、静かに耳をすませる。すると前の方から、ゴトゴトと何かを引き摺る音が聞こえた。そして腰掛ける声と共に、男達は会話を始める。


「それにしても、意外と簡単に隙を作ったな。もっと手こずるかと思っていたんだが」

「ああ。まあ、白昼に堂々と大金を出すくらいだ。世間知らずのボンボンなんだろうよ」


 男は吐き捨てるように言うと、暫く沈黙する。その空気の重さにリベラが息を呑むと、不意にケープを軽く持ち上げられた。


「……しかし、随分と高そうな服を着てるな。これ、どこのブランドだ? アニキ、分かるか?」

「そうだな……刺繍は無いが、繊細な色合いで染められた上等な生地。そうなると候補は三つに絞られる。女児服で人気なブランドは限られているからな。そこから更に特定するには、縫い糸を――」

「お、おう。ともかく、イイもんに間違いないってことだな。 ……よし、汚れもほとんどない。コレも併せて売れば、なかなかの額になりそうだな」

「む、んむー!」


 その一言を聞き、リベラは反抗の声を上げる。すると男は舌打ちをし、リベラの目隠しと噛ませ布を外した。


「けほっ、けほ……この服は、お母さんから貰った大事な服なの! それ以上触らないで!」

「おーおー、随分と勇ましいこって。けどな、嬢ちゃん。嬢ちゃんと服をどうするかは、もうこっちが握ってんだよ」


 佇む痩せぎすの男は口角を上げると、リベラに別の布を咥えさせる。


「んむー!」


 噛まされた布からは悪臭が放たれ、リベラは涙ぐむ。すると今度は小太りの男が、恍惚とした表情でリベラを見下ろした。


「うっ、良い……! 良いぞ、その顔! もっと見せろ!」

「……あーあ、いつものが始まっちまった。悪いな、嬢ちゃん。オレらも生き抜くのに必死なんだ」

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