第14話

 サフィラスが村に到着した時、現場は狂気に包まれていた。松明の灯りだけが頼りの広場では、村の人間が挙って農具を構え、矛先を一点に集中させている。


 その先では少年の母親が、T字に組まれた木に括り付けられていた。その足下には乱雑に切られた枝が敷かれており、容赦なく彼女の肌を傷付けている。


「おい、ガキはどこだ!」

「アレも燃やしてしまわないと……村の子供たちに、危害を加えられる前に!」

「そうだそうだ! ただでさえ働けないてめぇに食料を奪われてるんだ。ガキを差し出すくらいの恩は返しやがれ!」


 身汚い老若男女の、心無い罵声。しかし母親は、顔色一つ変えることなく言い放つ。


「スウェルはもう、ここには居ません。戻って来ることも有りません。私を恨んでいるのであれば、どうかその農具は私にだけ向けてください。対価は必ず支払います。だから――」

「グダグダ何を言ってんだい! さっさと子供を差し出さんか!」

「いいえ、出来ません。あの子は関係ないのですから」


 頑なに自白しない母親。対して老婆が手に取ったのは、一本の松明だった。


「……アンタを殺す、と言ってもかい?」

「ええ」

「あんた、それがどういう事だか分かってるんだろうね!?」

「ええ。親として、これ以上誇らしいことは無いでしょう」

「この――捨てられた女が!」


 顔を真っ赤にした老婆は暴言と共に、手にした松明を母親の足下に叩き付ける。すると炎は瞬く間に燃え盛り、母親の平然とした表情を打ち破った。その様に村人は一層興奮し、そして彼女の焼け焦げていく服に歓声を上げた。


『……誰一人として、彼女に救いの手を差し伸べる者はいないのか』


 距離を置いて、目を背ける村人。彼らは両手でくわを握り締め、ひたすら小声で何かを呟いていた。


 ――自分は悪くない。悪いのは全部、あの女だ。


「……Gninrub怨恨の炎を,Tsol絶て


 サフィラスは剣の握りに手を掛けると、観衆を飛び越え炎を一刀両断する。そして母親を解放すると、広場には束の間の静寂が訪れた。呆然としていた母親は、咳き込みながら問い掛ける。


「あ、あなたは――」

「……」


 サフィラスは無言のまま剣を鞘に納めると、腰に提げた袋から小瓶を取り出す。そして蓋を外し、母親の足に中身を垂らした。するとたちまち傷は癒え、彼女は顔を上げる。

 一方でまごつく村人達は、やがてサフィラスの出で立ちに再び騒ぎ立てる。


「悪魔だ……悪魔が来た! やっぱりあの女、契約していやがった!」

「おい、お前さん! 早くアレを退治してくれんか!?」

「クソッ――分かってる! さっさと殺してやるよ!」


 そのうちの一人の男が、銃口を母親に向ける。そして引き金を引こうとした刹那、サフィラスは母親を庇うように男と向き合う。


「――撃つのであれば、私に狙いを定めると良い」

「くっ……! 邪魔だ! さっさとそこをどけ!」

「拒否する。彼女を殺めたところで、何も解決しない。それはキミも理解している筈だ」

「ハッ――悪魔のクセに、一丁前に説教か?」

「……を欲するのであれば、あえて述べよう。“私が全ての元凶だ。彼女を手に掛けたくば、先ず此方を撃て”と」


 そう言うとサフィラスは一歩、また一歩と男に歩み寄っていく。


「や――やめろ! 来るな!」

「どうしたんだい? 私は一切の抵抗をしない。 ……ああ、成程。照準が合わないのであれば、一層距離を詰めなければいけないね」


 銃口を臆せず見据えるサフィラスに、男は構えたままの両手を震わせる。その様子を、周囲の村人は固唾を呑んで見守っていた。

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