第12話

「――いただきます」


 リベラは両手を合わせると、程よい温かさをもつ芋の皮を剥いていく。そして一口齧ると、満面の笑みを浮かべた。すると女性は上体を起こし、壁にもたれ掛かる。


「ふふっ、喜んでもらえて嬉しいわ」

「えっと……お母さんは食べないの?」

「ええ。ご飯を済ませたばかりで、まだお腹が空いていなくって。だから遠慮しないで、思う存分食べてね」

「うん! ……そういえば、お母さんはどんな病気なの?」

「身体中から、花が咲く病気なの。ほら、見て?」


 女性が服の裾をまくると、そこにはまるで木の枝のような腕があった。腕からは白い花が咲いており、リベラはハッと女性の頭を見る。


「そう。この頭の花も、症状の一つなの。でもこのお花は、髪飾りみたいで素敵でしょ?」

「うん、とっても綺麗! お母さんに似合ってるから、分かんなかった」

「ふふっ、ありがとう」


 その後、リベラが黙々と食べ進めていると、女性は憂いを帯びた声で独り言ちる。


「……私の夫はね。あの子が産まれてすぐに、何処かに消えてしまったの。昔から、色んな女の子に目移りする人ではあったんだけど。 ……まさか、何も言わずに私たちを置いていっちゃうだなんて、思いもしなかったわ」

「え……」


 リベラは手を止めると、女性の方を向く。


「それからは、あの子と二人で暮らしてきたの。貧しいながらも、細々と。不満は無かったわ。 ……けど、不安だった。あの子をきちんと、立派に育ててあげられるか。私は生まれつき身体が弱い上に、ここには身内も居ないから。 ――でも、それも杞憂だったみたい」


 すると女性は一等明るい声で、リベラに微笑みかける。


「初対面の子にも人見知りをすることなく、お友達になれるんだから。それに、命懸けで薬草を採ってきてくれる勇気もある。リベラちゃん、気が付かせてくれてありがとう」

「あれ? どうして私の名前を――」

「おーい、出来たぞー!」


 しかし問いは届かず、少年の声と共に掻き消された。


◇◇◇


 少年は、木製のスプーンで器から黄金色の液体を掬うと、女性の口元へと運ぶ。


「恩人の兄さんから教えてもらった通りに作ったから、きっと大丈夫だ。母さん、口を開けてくれ」

「ん――」


 小さく口を開く女性は一口、また一口と、時間をかけゆっくりと嚥下していく。


「っ、げほっ!」

「大丈夫か!?」

「……っ、ええ。少し、咽せただけ。けほっ……そんな心配そうな顔をしないで……続けて?」

「……分かった。けど、ホントにキツそうだったら止めるからな」


 リベラは、テーブル越しに親子の行く末を見守りながら、思案に耽る。


『今までに一度も会ったこともないのに、どうして私の名前を知ってるんだろう……』


 もしかしたら、自分が忘れているだけかもしれない。記憶の糸を辿りながら女性の顔を眺めていると、次第に血色が良くなっているのが確認できた。次いで視線を落とすと、女性の手からは花が消えており、リベラは慌てて少年に声を掛ける。


「ね、ねえ! お母さんの手が――」


 少年も女性の手を一目見ると、驚愕の表情を浮べる。


「っ!? ……母さん! オレの手、握れるか?」

「ん――」


 少年が手を乗せると、女性はぎこちなく指を動かす。そして二度、三度と手を閉じては開くを繰り返すうちに、遂に握手が成立する。すると女性は顔を綻ばせ、手を軽く振った。


「……すごい。今なら手遊びも出来ちゃいそう!」


 一方で少年は、涙を滲ませると女性に抱きつく。


「良かった……ホントに、ホントに治ったんだな!」

「ありがとう、スウェル……! リベラちゃんも、ありがとう!」

「えっと……どういたしまして!」


 リベラは笑顔で応えると、悲喜交々こもごもと見守った。

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