第2話 錬金術師、責任を説く
家財一式と共に錬金術士が運ばれたのは、王都の歓楽街だった。厳重な門を通り抜け、ついたのは早朝。人気は少なくカラスの鳴き声だけが裏寂しく響いた。
庭付きの木造一軒家は築四十年と聞いた。庭は荒れ放題だったが、日当たりは悪くない。一階にはシーツのかかったテーブルがいくつか置かれている。店舗として使われていたようだ。
「ちょうど安い土地が手に入ったから、あんたにあげる。ここで裸一貫がんばってみなさい」
ミリーは錬金術士とは違い、商才も行動力もある。彼女は空き屋を改装して住むところのない人に安く貸しているらしい。この建物もそうした用途に使うつもりだったのか掃除が行き届いている。
「どうしろって言うんだよ、もうっ!」
ミリーが帰ると屋根裏の窓を開け、外の風を入れる。教会の鐘の音が一日の始まりを告げた。錬金術士は小さなあくびをしてベッドに倒れこんだ。元は使用人の部屋で手狭ではあるが、不満はない。
「狭いところ、落ち着く……」
その日は夕方まで眠った。
乱暴に扉を叩く音で目が覚めた。無視していたが、鳴りやまない。目を擦りながら窓を開けると眼下の通りが確認できた。暗くなり始めた黄昏時を馬車が行き交っている。喧騒の中に悲鳴のようなものが混じっていた。
初めは無視を決め込んでいた錬金術士だったが、耳を塞ぐこともできない。重い腰を上げた。戸を半分だけ開け、慎重を期す。
「だれか! いませんか!」
いざ遭遇してみると、戸外にいたのはまだあどけない少女だった。ケープを被り、ぶるぶると震えている。彼女の手のあかぎれから目をそらし、錬金術士はさらに体を引っ込める。
「なに? なんなの? わたしは今日ここに来たばかりだし、なんにもわからないから、ほか当たって。それじゃ」
早口でまくしたて、一度扉を閉めた。静寂の中、息をひそめる。じわじわと手汗がにじんでくる。自分は今、とても悪いことをしているのではないか。良心の呵責が、再び扉へ向かわせた。
わずかに開けた扉の隙間から覗いた先に、子供がいる。うつむきがちで、それでいて、一向に動く気配がない。ひたむきさに、今度こそ錬金術士が根負けした。
「お薬を……、いただけないでしょうか。友達が、倒れて熱があるんです」
「わたしは医者じゃない。かかりつけ医はいないの?」
少女は首を降った。そんなものがいればとっくに頼っているはずだ。混乱しているのか、あるいは藁にもすがる思いで来たに違いない。
「その友達のところに案内して」
少女に手を引かれ路地裏に行くと、衰弱した女性が座り込んでいた。
錬金術士は彼女を背負い、自分の家に連れていった。病人の体は薄っぺらく軽かったが、決して楽な道のりではなった。客間のベッドに寝かせ、少し上体を起こさせる。
「熱があるのはいつから」
「昨日から体がだるいって言ってて、今日突然……」
話を聞いた錬金術士は木箱から小瓶を取り出した。ミリーに渡したものの残りだ。
「結論から言うと、薬はない」
「そんな……!?」
少女は床に座り込んだ。つかみかけた希望が絶望に変わる瞬間を前にしても、錬金術士は飄々とベッドに腰かける。
「しょうがないだろう。わたしは医者じゃないもの」
「じゃあなんなんですか」
「しがない錬金術士だ。まさか知らずに来たのか? 運がいいのか悪いのか。ではひとつ運試しといこう」
錬金術士は小瓶を少女の目の前に持っていった。ゆらめく青い液体は、清澄な光を帯びている。
「ここにとても強い毒がある。だが強い毒はは時に薬になることもあるんだ。彼女は耐えられないかもしれない。君はどんな結果になっても受け入れられる?」
生殺与奪をお前が決めろ。
一刻を争う状況で残酷な選択を迫る。しかも取引ですらない。錬金術士になんのメリットもないからだ。馬鹿げた話だが、その愚直さがかえって少女の心を動かした。
「お願いします」
「よし。責任はわたしも負う。もし彼女が死んだら、わたしも同じ毒をのむよ」
きっぱりといい放つと、苦しむ病人に頭を上げさせ、薬をゆっくりと飲ませる。喉が動くさまを、少女はまばたきせずに見守った。
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