王様の駄菓子屋さん

濱野乱

第1話 錬金術師、家を追い出される


 物置のような部屋に人がうずくまっていた。古書や計器になかば埋もれているが、本人はどこ吹く風。床に置いた小瓶に真剣に目をこらす。瓶には透明な液体が収まっている。


 窓辺から差し込む朝日が、瓶の底に光を溜める。液体は徐々に青から紫のグラデーションに移り変わり、夜明けの色に安定する。


「できた……、完成だ」


 徹夜の労苦が報われた瞬間、後ろにひっくり返る。本の山が崩れ、ほこりが舞った。咳き込みながら笑っていると、ベルの音と共に木戸が開いた。


「邪魔するわよー、ってなんじゃこら」


 入って来たのは、妙齢の女性。明るいブラウンの髪をなびかせ、白いひだつきブラウス、紺のズボンにブーツを履いている。彼女は肩掛け鞄からパンを取り出した。


「死んでんじゃないでしょうね。朝ごはんもってきてやったぞ」


 快活な声と匂いにつられ、本の山から人が這い出てくる。ねずみ色に汚れたローブを着て、癖のある黒髪はぼさぼさ、まるで地獄の亡者だ。両腕を垂らし、女性に迫る。


 「メシー!」


 よほど空腹だったのかパンをひったくり、あっという間に平らげてしまった。


「相変わらずね、あんた」


 やってきた女性は慣れた手つきで本を片し、木目の床にモップをかける。途中蜘蛛の死骸を見つけ、天井をあおいだ。


「最高学府出たのに、こんなところでくすぶってていいわけ!?」


「心外だぞ、ミリー。仕事ならちゃんとしている。これが依頼の品だ」


 先程の小瓶を足のとれそうなテーブルに置いた。瓶の中には、睡眠導入効果がある液体が入っている。


「はあ……、さぞぐっすり眠れるんでしょうね。クライアントも大喜びだわ、きっと」


 旧友の感情は複雑だ。この家は人の手が入らない山奥に位置しており、近くの村から歩いて一時間もかかる。なぜ世捨て人のような生活を送っているかというと、秘匿性の高い仕事をしているからだ。家の玄関には錬金術研究所という看板がある。


「最後の仕事、ごくろさま。代金はここにおいておくわね」


「ん? 最後?」


 まばゆい光を放つ金貨を前に、錬金術士の顔がこわばる。

 

「あれ、言ってなかった? あたしが斡旋する仕事はこれで最後。あとは勝手にやんなさい。それじゃね」


「ちょっと待て、そんな話聞いていない。急に言われても困る」


 ミリーが持ってくる仕事が生命線の錬金術士にとって、突然の契約解除は死の宣告に等しい。交渉が苦手で、彼女に依存し過ぎていた。


「前から思ってたのよ。あんたはこんなところで終わる人間じゃないって。なので、活躍できる場を用意したから」


「活躍……、なにをいってるかよくわからない。私の話を聞いてよ」


 逃げ口上を考える暇もなく、話を中断せざるをなくなる。屈強な男たちが小屋に踏み込んできて、荷物を運び出した。彼らはミリーが雇った引っ越し業者だった。


「失礼しやす。せいっ!」


 ついでとばかりに軽々と錬金術士は持ち上げられた。そのまま屋外に運ばれる。


「うわーん! なんでー」


 こうして錬金術士は三年暮らした小屋から追い出された。


 

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