第28話 新しい朝から

 佐藤将人さとう/まさとはこの頃、考え込むことが多くなってきていた。


 考えたからといって、根本的な解決になるわけではない。


 けど、今後の事が明確にわからないこそ不安になり、余計に脳内での考えを膨らませてしまうのだ。


 この運命からは逃れられないと思う。


 だから、もう少し自分なりに、真剣な答えを導けるまで悩んでいたいのだ。




 そういった悩みを考えている今日は、月曜日である。


 この前の土曜日。父親の会社で自身の目に映る指数の正体を知り、あれから時間が経過したものの、正直のところ、未だに困惑していた。


 将人が置かれている状況は、父親からの道具として見られているだけ。


 東雲家からの婚約を破棄し、自身の考えを発言して一歩進めた気がしたが、それは間違いだったらしい。


 まだ、何も変わっていない。


 立場も――

 状況も――

 何もかも――


 ただ、自分の目に見える景色が、以前とは比べ物にならない程度には印象が変わった気がする。


 同世代の女の子らの頭上に表示されている数字が、恋愛的な意味だけではなく、その子の状態を示しているのだと知ったからだ。


 現在、一人で通学路を歩いている将人は、周りにいる女の子らの頭上を背後から眺めていた。


 ザッと見渡した感じ、平均して15くらいが多い。


 同じ制服を着、同じ学校に通い、ある程度の知り合い関係にあるからこその数字だろう。


 でも、その数字によって、人生が左右されるなんてよくないと思う。




 その数字の結果により、沙織に関しては長生きできない。その数字の異変が分かっていたからこそ、以前から父親が仕事の合間に調べておいてくれていたようだ。


 父親曰く、その運命は変えられないらしい。


 将人には沙織の数字が見えるのに、何もしてあげられないことに悔しさがあった。


 父親からの提案としては、高校を卒業する前から父親の会社で経験を積み、沙織の状態の改善を探る事。

 だが、そのためには、東雲家が持つ人工知能の技術が必要らしい。


「でもな……」


 将人はため息をはく。


 沙織を助けるためには、東雲家の令嬢である葵と婚約をすることになるのだ。


 しかし、このまま沙織の事を放っておくこともできない。


 どちらを選んでも、もう片方を失う。


 それを回避する手段はなかったのだ。






 将人が肩を落とし、暗い表情を見せて通学路を歩いていると、背後からの気配を何となく察した。


「おはよう、将人」


 振り向く前に、羽生沙織はにゅう/さおりから肩を軽く叩かれていた。


「おはよう……」


 将人はチラッと彼女の方を見、元気なく返答を返す。


 沙織は将人の左隣に近づいてくると、一緒に学校に行こうと誘ってくる。


 彼女の雰囲気はどことなく違う。


 将人が、この前の金曜日の夜に告白したことで、彼女も将人の前では色気を出すようにしたのだろう。


 沙織は元から可愛い系だったが、美人系になったような気がした。


「そんなに暗い顔をしてちゃダメだよ」


 隣にいる彼女から、頬を軽く摘ままれてしまう。


 微妙に痛かったが、そんなことよりも沙織の今後が心配であり、痛がる素振りを見せることはしなかった。


「悩み事? 私が聞いてあげよっか」

「いや、いいよ」


 将人は表情を変えずに、先に歩き出す。

 が、彼女は隣に近づくために将人を追いかけてくる。


「でも、私たちは、一応、恋人同士だし。相談には乗れるけど? 自由に言ってもいいよ。将人の願望交じりの事でもいいし」


 沙織は頬を紅潮させ、照れ笑いをしていた。


 そんな事で解決するなら、問題はないだろう。


 この問題は、沙織が一番関係しているのだ。


 そんな暗い話を、彼女を前にして発言できるわけもなく、将人はそのセリフを口から出す前に、グッと堪え、口元を閉じてしまっていた。


「言いたいことがあるなら言った方がいいし。そんなだと、辛いままだよ」

「そうかもな……」


 将人は隣を歩いている彼女の頭上を確認する。

 数字は47と表示されてあった。


 以前見た時は、47よりもさらに低かったはずだ。


 これはもう確定である。

 沙織の、これからの運命は変わらない。


 だとしたら、俺は沙織のために今後何をしたらいいのだろうか。


 葵とは嘘であったとしても婚約する気はなかった。


 将人が持つ悩みはそう簡単には消えそうはない。




「ねえ、隠し事はよくないよ? それとさ、将人の家族に私たちの事を言ってくれた?」


 沙織は将人の先を阻むように、前に立ちはだかる。


「そんな暗い顔ばかりしてないで。もう少し笑顔を見せた方がいいと思うんだけどなぁ」


 将人がいくら悩んでいたとしても、沙織が数字のことについて気づいてくれる事はないだろう。


「あのさ、今日の放課後さ、時間ある?」

「うん、今日は大丈夫だよ」

「そうか。なら、どこかに遊びに行かないか?」

「いいよ。どこでもいいし」

「まあ、平日だから、そこまで遠出は出来ないけどさ。ちょっとした場所にさ」


 将人の提案に、彼女は乗り気だった。


「でも、将人の方から誘ってくれるなんて」

「うん……それと、俺たちの関係については、その時に話すから」

「わかったわ。楽しみにしてるね。私たちの今後のために必要だもんね」

「ああ」


 将人は声を詰まらせ、頷いた。


 沙織に直接な事は言えない。


 ただ遠まわしに、本当の事ではない言葉で繕い、その時、約束を交わしたのだ。




「私ね、パフェとか食べたいかな。他にも色々と買いたいものもあったし。でも、欲張ってばかりじゃ、平日の時間が足りないよね」

「そうだな。でも、沙織が行きたいところがあれば、どこでもいいけどな」

「本当に? でも、明日も学校があるよね?」

「そうだけど。俺は今日、沙織と少しでも長く一緒にいたい気分なんだ」


 将人は彼女に顔を向けずに言った。


「一緒にいたいのは、私もだから♡」


 と、沙織は将人の手を触って来た。


 朝の通学路なのに、大胆な行動をする。


 恋人繋ぎのような触り方で、彼女から嫌らしさを感じたのだ。


 沙織ももっと一緒にいたのなら、このままではいけないと、将人は思った。


「……俺が何とかするから」

「え? どういう事?」

「いや、なんでもない。俺の独り言だから」


 将人は言葉を濁した後――


「……後さ、俺が悩んでいたのはさ……今日の昼何を食べようかって事で悩んでたんだ」


 将人は思ってもいない事を口にした。


「そういう事なの? でも、今日は私が将人の分のお弁当を作ってきたら、それを一緒に食べよ」


 沙織が、そう提案し、距離を詰めてきたのだ。

 彼女との体の距離が狭まり、暗い感情だった将人の心は、微妙に緩やかになったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る