第27話 俺が知っている景色は、もう見えないかもしれない

 現状、会議室の空気感が重く感じる。


 さっきよりマシにはなってきたが、まだ心が震えていた。


 今後、自分がどうなってしまうのか、そんな不安に襲われ始めていた。


 今まで瞳を通じて見ていた数字は、自身の体にマイクロチップ的なモノが入っていたからだと葵から知り。その会話のあと、項垂れるように、パイプ椅子に腰を下ろしていた将人は自身の腕を見ていた。


 入っているなら、腕?


 都市伝説的なテレビ番組でも、腕に入れるものだと言っていた気がする。


 将人は両腕を触るが、特に違和感などはなかった。






「集まっているな。今から、重要な話をするから」


 佐藤将人さとう/まさとが悩み込んでいると父親が会議室に入ってくる。何事もなかったように、室内の奥にあるホワイトボードのところへ向かって行く。


 父親は、手にしていた資料の束をテーブル上に置いていた。


 今、会議室にいるのは、将人と父親。それから東雲葵しののめ/あおいだった。


 父親が来る前も、来た後も、それ以上、誰かがやってくる事はなかった。


「では、これからの話なんだが――」


 父親は表情を変えず、社会人の一員として話を進めようとしていた。


「ねえ、お父さん」


 将人は自身の右腕を左手で抑え、席から勢いよく立ち上がった。


「なんだ?」


 父親は視線を合わせることなく、返事をする。


「さっきさ……東雲さんから色々な事を聞いたんだけど。指数とか、マイクロチップとか」

「……そうか。聞いたんだな」


 父親はテーブルの資料を触りながら、一度息をはいていた。


「なんでお父さんは、そんなに普通でいられるの? どういう思いで俺にこんな事を?」

「それはな、今から話す」


 父親は将人の発言を振り切るように言葉を続けた。

 納得がいかない事ばかりだ。


「この事に関しては重要なことだったんだ」


 父親はチラッと将人の方を見てきた。


「どういう風に?」

「その件について説明すると長くなる。今から順を追って説明していく。だから、一旦、座れ」

「……」

「いいから今は座れ!」


 将人の中で何一つ解決していないが、父親の覇気に押され、座ることにした。






「以前から将人が目にしていた数字というのは、将人の体に埋め込まれているマイクロチップを通じて、頭で理解できる仕組みになってる。だから、女の子の頭上に数字が浮き上がって見えるんだ」

「そのマイクロチップって、いつから俺の体に?」

「中学生くらいの頃だな」


 中学時代といえば、人の頭上に数字が見え始めた時期である。

 あの頃は、女の子だけではなく、それ以外の人の数字も見えていたと思う。


 その当時は、漫画の世界観に入り込んでしまったかのような感覚になっていた。

 テレビで報道されることもなかったこともあり、中二病みたいに、特殊な力だと勝手に感じていたのだ。




「最初の内は色々人の数字が見えていたと思うが、その時は不具合で、そう見えていただけだ。何度も改良して同世代の女の子の指数しか見えないようになったというわけで」

「でも、なぜ女の子だけ? 恋愛指数的な?」

「そうだな。恋愛指数ではある。その理由としてはな。少子化対策の一環として、国の偉い方から秘密裡に依頼を受けてな。その製品の開発に踏み切ったんだ」


 父親はホワイトボードに、ボールペンで重要なキーワードだけ書き出していた。


「依頼されたのって、お父さんが、そういう製品の開発をしていたから?」

「それもある。元々、機械関係の開発を行っていたからな。その他の理由として、国の偉い人に知り合いがいてな。ある程度の実績を把握された状況での依頼だったんだ」

「表向きには言えない仕事をしていたから、俺には詳しく教えてくれなかったの?」

「そうだな。国が絡んでいるからな」


 父親から話を聞けば聞くほどに、自分が置かれている状況は、一言では説明がつかないらしい。

 それからも、父親から数分ほどの説明があった。






「……」

「大体の事はわかったか?」


 資料を手にする父親は感情を前面に出すわけでもなく、冷静な視線を将人に向けていた。


「分かったけど……俺を実験体に選んだのって。俺がお父さんの家族だから?」

「そういう事だな。それに、一番管理しやすいからな」


 父親から何かを言われるたびに、自分は単なる素材なのだと思い知らされていた。


 室内の空気感が、再び重くなっていく。


 今まで目にしていた数字は、なんら特別なものではなかった。

 ただ、実験体として数字が見えているだけ。


 父親が作り出した概念を通じて、視覚的に見えている数字だった。


 それ以上でもそれ以下でもない。






「それとさ、大学に通わせることを突然却下した理由って何? 中学生の頃は、お母さんと一緒に塾に通うように俺に言っていたじゃないか?」


 静寂な空気感を一蹴するように、将人が話を切り出す。


「その時は、まだ国からの依頼はなかったからな。それがなければ、普通に将人も大学に通って、普通に生活できていただろうな」

「他人事のように聞こえるんだけど……」

「すまない。どうしても引き受けないといけなかったんだ」


 将人は普通に生きて、これからも普通に、普通の幸せを感じながら生活できるものだと思っていた。


 沙織に自分の想いを伝えてから、そう信じて疑っていなかったのだ。




「引き受けたって……それには、どんな理由があるの?」

「……幼馴染に羽生沙織はにゅう/さおりがいるだろ。昔からの付き合いがある」

「そうだね」


 将人の脳内には、彼女の姿が思い浮かんでいた。


「私が国からの依頼を引き受けて、その子の指数を見ることがあったんだ。それでわかったことがある。あの子は長くは生きられないと」

「……え?」

「仕事を続ける中で、それに気づいたんだ。将人、あの子の数字がハッキリと表示されなかっただろ?」

「それって、何かよくないの? どうなの? 長生きできないって」


 将人は再び席から立ち上がった。

 それからテーブルの反対側に座っている葵を見やったのだ。


「ねえ、東雲さんもそのことについて言っていたよね? どういう事? 詳しく知りたいんだけど」

「私の口からはハッキリとは言えないわ」


 葵はパイプ椅子に座ったまま顔を背け、それ以上、口を動かす事はしなかった。


 数字に異変が生じるという事は悪い前兆であると、父親と葵の顔色具合を伺い、そのような結論に自分の中で至った。

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