第26話 俺の目は一体……

「もう降りてもいいから」


 助手席に座っていた佐藤将人さとう/まさとは、父親が運転していた乗用車から降りる。


 すぐ近くには、会社の看板が見えた。


 街中から結構離れた場所に存在している建物こそが、両親の会社の建物らしく、一見普通そうに見えるのだが、中に入る前から嫌な予感がしてきていた。


 何事もなければいいのだが……。


 そう願いたい気分に、将人は陥っていた。




「どうした? 行くぞ」


 駐車場に止めてきた父親に、背後から肩を軽く叩かれる。


「わかってるけど」


 将人の横を父親が素通りしていく。

 父親の指示に従うように、将人も会社の入口へと向かうことにしたのだ。




 入口へ到着し、父親が空けた扉から入る。


 最初に入ったところには、事務所と記されたプレートが付いた部屋があった。


「将人は、先に行ってなさい」


 父親は背を向ける。


「どこに行けば?」

「ここからまっすぐ行ったところに部屋がある。その扉に、会議室って書いてあるから、分かると思うから。先に行ってくれ」

「お父さんも後から来るの?」

「ああ、少しやることがあってな。ちょっと事務所に立ち寄ってから行く」

「お母さんや華凛を連れてくるとか?」


 将人は疑問染みた抑揚で言葉を漏らす。


「……いや、違う。今はそんなことより、会議室に行きなさい」

「う、うん」


 父親の口調が違うことに気づき、将人はそれ以上、質問する事はしなかった。

 父親の後ろ姿から、嫌なオーラが放たれているような気配を感じ、将人は口元を強く閉じたのだ。






 将人が会社の廊下を歩いていると、父親の言う通り、会議室と記されたプレートのある部屋があった。


 ここか……。


 将人は扉のドアノブに手を付ける。


 グッと気持ちを切り替え、扉を開けると誰かの気配を感じた。

 扉の隙間から、誰かの姿が見えたのだ。


「……」

「あなたも来たのね」

「……東雲さん? なんで、ここに……」


 会議室内のテーブル前のパイプ椅子に座っていたのは、大企業の令嬢であり、副生徒会長の東雲葵しののめ/あおいだった。

 今日は普通に私服姿であり、一般的な女の子のように思えた。


 一般的なラフな服装であったとしても、地味な印象は感じない。

 元が社長令嬢であり、フアッション担当の使用人がコーディネートしたと思われる。


 内面はそこまで好きではないが、何も知らなかったら、将人も普通に好きになっていたかもしれない。


 将人は葵の頭上を見たが、そこに指数は表示されていなかった。




「私は今後のために呼ばれてきたの。あなたこそ、なんで?」

「それは……」

「というか、あなた、勝手に逃げたわよね?」

「ごめん。俺にも色々考えがあって」


 将人は委縮し、声が小さくなる。そんな中、葵はパイプ椅子から立ち上がる。


 扉付近にいる将人の近くまでやって来たのだ。


「あなた、私と婚約する気って本当にないの?」

「ないけど」

「そうキッパリと言われると、嫌な感じしかしないけどね。一応言っておくけど、私、あなたに嫌がらせをしたくて、厳しくしてたわけじゃないから」

「だとしても……今さら、そんなこと言われてもさ。それに、俺には元々好きな人はいたから」

「……最初っから無理ってことね」


 葵は目を丸くした後、諦めがちにため息をはいていた。


「……昨日、会場から逃げた事は本当に申し訳ないと思ってる。他の人にも迷惑をかけたと思うし」

「そうね、色々とあったわ。あなたが逃げてから多くの会社の人らに謝罪したり。それから私の使用人たちがあなたを探したりね。でも、日付が変わった頃からは探すのは諦めてたわ」

「ごめん……」

「まあ、あの婚約を無駄にされて一番大変なのは、あなたの両親でしょうけどね」

「そう、だな……」


 後でもう一度謝っておこうと思う。

 謝罪した程度でどうにかなるわけではないが、葵から昨日の事を聞けば聞くほど、心が痛くなる。


 自分が仕出かした責任は重いと、一日経過した今になってから心が圧迫されるように、さらに苦しくなるのだった。




「それで、これからここで何が始まるんだ?」

「それ、聞いてなかったの?」

「俺は何も。ただ、お父さんと今後のことについて話すつもりで」

「何も知らないって事ね。でも、今後にとって大事なことである事は確かよ」

「大事なこと? どういう風に?」

「そうね。あなたって、日本人の出生率が減っている事って知ってる?」

「それは、まあ、ネットニュースでもよく聞くから」

「それよ」

「え?」


 将人は首を傾げた。


 急に出生の話を聞かされ、どういう事と、将人の脳内にはクエスチョンマークが生じていた。


「あなたって、数字が見えるでしょ?」

「⁉ なんで知ってるの?」


 将人は、葵の顔を見、ビクッと体を震わせた。


「私は事前に、その事について、あなたの両親からは聞いていたの。あなたは知らないでしょうけど。女の子の頭上に見える可視化されている数字っていうのは、恋愛に対して興味を持っている数値なの」


 やはり、その数値は、恋愛的な数字だったらしい。


「簡単に言うと、誰かと付き合いたいという想いが強ければ高い数字が表示されるの。でもね、数字が低くなったり、高くなったり、不安定な子もいるの」

「確か、沙織さおりがそうだったはず」

「そうよね。でも、その場合は、何かの問題を抱えているケースがあって。恋愛的な数字ではない場合があるの」

「なんでわかるの?」

「それは、私の両親が、その事について研究していたからよ」

「研究とは?」

「……ここで言うのもよくないかもしれないけど。あなたはね、実験体なの」

「……?」


 何を言ってるんだ?

 実験体って、俺が?


 さっきから、葵のセリフが別の世界の言葉となって聞こえてくるような気がして、脳内がどうにかなってしまいそうだった。


「あなたはね。私の両親と、あなたの両親が共同で作成したデータを体に内蔵されているの」

「データ……?」

「マイクロチップとか、都市伝説とかで言われているものがあったじゃない」

「確か、あったね……」


 え?

 マイクロチップ?


 都市伝説とかで近未来のことについて話す番組があったりして、そこマイクロチップについて聞いたことはあった。


 それが、自分の体にある?


 え⁉

 俺の体って?


 理解ができない。

 情報が多すぎて、自分の身に何が降りかかっているのか、意味が分からず混乱してくる。


 将人は冷静な判断などできるわけもなく、頭の中が次第に真っ白になっていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る