第25話 俺は平凡でもいいから幸せに生活したい

「……」


 この扉、開けていいのだろうか。


 けれど、ここまで来て沙織の家に戻るとか、絶対ダメだよな。


 佐藤将人さとう/まさとは首を横に振る。


 今、自宅玄関先の扉のドアノブへと手を振れた瞬間から、数秒ほど考え込んでいたのだ。


 ここに踏み入ったら、両親がいると思う。

 そう思うと、昨日の夜の事がフラッシュバックし、後ずさってしまうのだ。


 疚しい思いが今になって蘇り、逃げたくなるが、沙織との今後の事を考えると逃げてばかりではいけないと感じた。


 将人は一旦深呼吸した後、手にしていたドアノブを回し、勇気を持ち、扉を開けたのである。






「……」


 いつものように、ただいまというセリフを口にすることなく、自宅に入り、玄関で靴を脱いでいた。


 自宅内の空気が重く感じた。

 からだ全体に重くのしかかってくるかのように、将人を追い詰める。


 やっぱり、戻らない方が良かったかなと思っている最中に――


 リビングの扉が開いた。


 突然のことに驚きながら、体をビクつかせたのだ。




「……帰って来たのか」


 姿を現したのは、父親だった。

 酷い形相であり、将人の事を睨みつけている。

 間違いなく昨日の事が関係しているだろう。


「……」


 将人は俯きながら何も言い出せずにいた。


「おい、何か言ったら、どうなんだ?」


 父親から怒鳴られた。


「ごめん」

「それだけか?」

「……」

「お前な。将人のせいで色々と大変だったんだからな。その上、私からの問いかけは無視か?」


 父親は敵視した目で、将人がいる玄関先へやってくる。

 胸倉を掴まれそうな勢いがあった。


「そうじゃないけど……」

「だったら、何か言え」


 どんなに怒っていても、父親からは手を出されなかった。


「そういうのが、好きじゃないから」

「なに?」


 目の前にいる父親からは強く睨みつけられる。


「俺、今後の事は自分で決めたいんだ」

「随分身勝手だな」

「けど、お父さんだって勝手に話を進めていたじゃないか」


 将人もチラッと父親を見、抵抗する。


「それは、会社の都合で」


 若干、父親の方も押され気味になっていた。


「それが嫌なんだ。勝手に進めるにしても。せめて、少しでもいいから、考える時間が欲しかったのに」


 将人はここぞと言わんばかりに、早口になる。


「将人が決めるのが遅かったからだろ。だから私が色々と手配して、お前の為を思って」

「いいから、そういうのは……。それが身勝手なんだよ。俺も高校生なんだから、今後の人生くらい自分で決めたいから」


 将人は震えている手をグッと握り締めながらも、勢い任せに発言する。


 これ以上、親に管理される人生なんて嫌だった。


 今までだって、親が決めたプール教室に通うことになったり、大学に行くことを想定されて、勉強塾に通うことになったりと、親の意見に従って生きてきた。


 元々は優しさだと思って受け入れていたが、今度は、大学に行かずに会社を継ぐという話になったり。

 しまいには、好きでもない相手と婚約しなければならない状況にまで発展した。




「そ、そうか……なら、勝手にすればいい。けどな、人生はそう簡単には上手くいかないと思うがな」


 父親からの厳しめの返答が返ってきた。

 まだ、将人の手は震えていたのだ。


 将人自身、そこまで将来のことまでハッキリと決まっているわけじゃない。

 でも、両親の都合に合わせて生きる事はしたくなかった。


 せめて自分でできる事を探したかったのだ。

 可能性を見つけたいのである。


「将人。仮に、私の会社を継がないとして、何をするつもりだ?」

「それは……」

「何も考えていないんだろ?」

「……」


 将人は言い返せなかった。


「父さんはな、お前の事が嫌いで嫌がらせをしているわけじゃない。将人の事を心配していたんだ。それに、高校卒業したら私の会社で少し働いて、それから今後の事を考えればいい」


 父親から説得される。


「それも嘘だろ?」

「嘘じゃない。どうしても継ぎたくなければ、それでもいいさ」


 父親の表情は妙に温厚になっていた。

 優しい口調で話しかけてくるのだが、将人は受け入れることが出来なかった。


「そういう見え透いたこと言っても、この前のように勝手に話を進めて。東雲家の人だって、困っていたじゃないか。それ、お父さんのせいでもあるよね?」

「しかしな、それは必要なことだったんだ」

「必要な事?」


 将人は、父親の顔色を伺う。


「私の会社は傾いているという話をしたはずだが、それは覚えてるな?」

「まあ、それは」

「私の事業はな。東雲家と連携すれば、何とか保てるんだ。その上、これからの事業も拡大できる」

「お父さんの言っている企業の拡大って何? 元から気になっていたけど、どんな事をしてるの? 機械関係って事しか、お父さんは言ってくれなかったけど」


 将人は父親を含め、母親が会社としてどんな事をしているかはわからないのだ。


 機械関係の開発や販売というのは、何となくわかっている。


 しかし、それ以上の情報などなく予測できずにいた。


「知りたいのなら、言うが。ここでの話より、別のところで話そうか」

「別のところって?」

「それは父さんの会社だ」

「そこに連れて行ってくれるの?」

「そうだな。将人にも信用されるためにも、少しは私からも言っておきたいことがあるしな」


 父親は背を向ける。


「そこまで待ってろ。車の鍵を取ってくるから」


 父親は振り向き、サラッとだけ言った。


「うん……それと、お母さんは? 華凛は?」

「……二人は今、会社の方にいる」

「会社? なぜ?」

「まあ、色々あってな」

「もしかして、俺が昨日の会場を抜け出して、その責任を取ってるとか?」

「違う。その責任については、何とかしておいた」


 父親の言葉に、ホッとしたような、まだ昨日の心残りがあるかなのか、モヤモヤした心境に陥る。




 数十秒後、家の奥から父親が戻ってくる。


「今から向かうから先に車に乗ってくれ」


 父親から鍵を渡され、将人は外に出ることになった。


 敷地内の駐車場にある車に一人で乗り待っていると、自宅の玄関に鍵を閉めて車の

方に向かって来た父親の姿があった。


 その時の父親の表情は複雑そうだった。

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