第24話 彼女と迎える朝

「おはよう♡」


 横になってベッドで休んでいると、隣から彼女の囁き声が聞こえてくる。


 佐藤将人さとう/まさとは左側を向き、彼女に軽く挨拶を交わした。


 昨日の夜は、お風呂で色々あり、緊張しながらも、そのひと時を過ごしていたのだ。その後は同じベッドで就寝することになった。


 そして今日、沙織と共に朝を迎えるに至ったのだ。


 気分は絶好調というわけではないが、一旦休んだ事で昨日の出来事を何とか抑制できてはいた。


 今日、自宅に帰るのか……。

 いや、そんなことできるわけないよな。


 戻ったところで、両親からも、それ以外の方々からもお叱りを受けることになると思う。


 自ら絶望の道を選ぶというのも何か違うと思った。


 将人は悩ましく、考え込んでいる際。


「ちゃんと休めたかな?」


 隣で横になっている沙織から問われたのだ。


「それなりにはな」


 ベッドで横になっていた将人は上体を起こした。

 沙織と隣同士で横になったまま、顔を近づけながら会話する事に恥ずかしさを覚えてしまい、照れ隠しのためにベッドの端に座るのだ。


「じゃあ、よかったね♡ 元気になれて!」


 沙織もベッドから態勢を変え、将人の隣までやってくる。


「これからは一緒だね。今日は、どこかに行く?」


 沙織からの誘いがあった。

 がしかし、将人はどこに行くとかは全然決めていない。


 行くとして、どこに行こうか。

 街中か?

 それとも近所か?

 それもダメか。


 ここ周辺を出歩いていたら、確実に知っている人にバレる確率が格段に上がる。

 街中に行けたとしても、運悪く東雲家の使用人に見られる可能性だってある。


 いくら考えても良い案が思い浮かばなかった。




「まだ時間は朝の八時くらいだから、ご飯を食べながら考える?」

「そ、そうだな。その方がいいかもな」


 沙織さおりから、こんなにも近距離な状況で、耳元で囁かれるなんて、まだ夢の中にいるのではと一瞬錯覚してしまう。

 それほどに、沙織の声の抑揚は心地よかったのだ。


「ご飯は昨日、コンビニで買ってきたモノになるけど、それでもいい?」

「別にいいけど……だったら、俺が作るよ。冷蔵庫の中に何かあるだろ?」

「今から作るの?」

「まあ、俺も一応、料理は出来るからさ」

「じゃあ、お願いしようかな」


 沙織からは、期待してるねと言わんばかりの表情で言われた。

 そんな顔を見せられると、妙にハードルが上がりそうで怖い。






 二人はパジャマ姿のまま、リビングに向かう。


 家自体が静かである。


 沙織の両親はまだ帰ってきていないようだ。


「両親は、日曜の夕方に帰ってくるって」

「そ、そうなのか?」

「うん。だから、将人とは色々とできるけどね」

「色々って?」


 将人は何となく察しがついていたが、彼女に聞き返す。


「わかってるくせに。私が言いたいことくらい」


 沙織は、普段よりも大胆になっている。


 パジャマの胸元から少しだけブラジャーが見えており、目のやり場に困るというのはこの事を言うのだと思った。


 それに昨日、お風呂場で将人が告白したからこそ、彼女も本心を曝け出すことにしたのだろう。


 本当に好きな人と心の底から接点を持てるようになり、居心地の良さを感じていた。

 本音で彼女と向き合ってよかったと、今になって、そう思えるのだ。






 将人はキッチンをかりて、ベーコンエッグを作った。


 冷蔵庫の中を見たのだが、料理できる材料がなく、結果として朝食のテンプレ料理になっていた。


 以前、妹の架凛かりんが作っていたこともあり、パッと思いついた料理がそれだったからというのも理由の一つである。


 卵料理は、何度か作った事はあるが、そこまで上手ではない。


 火の加減や調理する時間によって、微妙に卵の黄身の部分が、半熟になるかどうかが決まってくる。


 料理しながら沙織の事を考えていた事で時間の確認を忘れており、慌てて火を止めフライパンの蓋を取るのだが、すでに遅かった。


 黄身のところが硬くなっていたのだ。






「こんな感じになったけどいい?」

「私は別に気にしないけど。将人が作ってくれたのなら、なんでもいいよ。味の方は問題ないんでしょ?」


 沙織はフライパンの中身を確認していた。


「多分ね」

「そういうところは自信を持って言わないと」


 沙織は優しかった。

 彼女自身も料理で苦労したからこそ、笑って許してくれているのだろう。


「できたなら一緒に食べよ」


 沙織は、冷凍庫に保存していたご飯をレンジに入れ。それからレトルトの味噌汁を用意してくれていた。


 三分後。

 リビングの食事用のテーブル上には、ご飯、味噌汁、ベーコンエッグが、それぞれの前に置かれる事となった。


 二人は隣同士に座っていた。

 互いに箸を持って、いただきますという言葉と共に朝食をとることになったのだ。




「味付けとかも問題ないと思うよ。将人って、色々となんでもできるよね?」

「そんな事はないよ。全然できないから」


 将人は何もできないわけではないが、ただ世間一般の平均くらいの事は出来ると思う。


 だとしても、直接彼女から褒められると嬉しかった。


 沙織との幸せ時間を過ごせるだけでも嬉しい。けど、それと同時に心にはまだ記憶残りがあった。


 それは両親との関係である。

 沙織と結婚するにしても、婚約する事となっても、互いの両親からの許可が必要なのだ。


 沙織に対する想いは揺るがないと思う。


 だからこそ、今日中に両親とは話をつけておかないといけないと、食事をしながら不穏な感情を抱きながら考えていた。




「将人は今日の休日に、どこに行きたい? 私は将人が行きたいところならどこでもいいけど。気分転換に遊園地とかどうかな?」


 箸を持ち、元気よく話す沙織。


「……」

「どうしたの?」


 将人の様子に違和感を覚え、右隣に座っている彼女が、俯きがちな将人の顔を覗き込んでくる。


「俺、ちょっと用事が出来たから、遊園地は明日でもいい?」

「用事って?」

「俺、やっぱり、両親にはちゃんと伝えておこうと思って。じゃないと、婚約の話もできないだろ」

「え? 一旦戻るの?」

「ああ、じゃないと、今後の生活もあるし」

「……いいけど、大丈夫?」

「大丈夫だと思う。色々あるだろうけど」

「私も一緒に行こうか?」

「いいよ、それだど、迷惑がかかるだろ?」

「そうだけど……でも、不安だし」


 沙織は心配そうに、将人の横顔を見ていた。


 けれど、将人の気持ちは変わる事はなかったのだ。

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