第23話 俺は沙織の事が――

 刹那――、佐藤将人さとう/まさとの心に衝撃が走る。




 背後からの扉が開く音に気付き、お風呂に入っていた今、なんで、という感情が湧き上がってくる。


 お風呂場の入り口には、胸元だけタオルで隠した、ほぼ全裸の幼馴染が佇んでいたからだ。


 突然の事に、動揺を隠せなくなる。


 目を丸くし、振り向きながらも、その場で色々と固まってしまう。


「え……ど、どうしたの⁉」


 将人は慌ててしまい、声が裏返っていた。


「……一緒に入ろうと思って……」


 対する幼馴染の方は、少々俯きながらも頬を紅潮させ、それ以上、話しかけてくる事はなかった。


 無言な時間ほど、対応に困る時間はない。


 何かを話さないと、心がどうにかなってしまいそうだ。




「さ、沙織……疲れているだけだろ?」

「……それだけじゃないかも……」


 羽生沙織はにゅう/さおりはタオルで胸元を隠しつつ、恥ずかしい感情を全力で抑えるようにボソッと呟いていた。


 体が疲労しているから、適度な判断ができずに突飛な言動をしているわけじゃないのか?

 だとしたら――


 沙織が自身の意思で、お風呂に入ってきたという事は、そういう事なのか?


 これは夢ではない?


 将人は何度も自身の心に訴えかけていた。




「……このまま、この場所にいるのも嫌だから、入るね」


 沙織の方から歩み寄ってくる姿勢だった。


 その後で、彼女はお風呂場の扉を閉める。


 今、密室な空間で二人っきりになった。

 しかも、ほぼ全裸な状態であるにも関わらずに、彼女はさらに距離を狭めてくるのだ。




「きゅ、急に来られても」

「……一緒に入った方が早く済むでしょ」

「そうだけど……そうじゃないような……」


 こんな展開、誰からも聞いてないんだが……。


 バスチェアに腰かけ、体を洗っている最中だった将人は、やみくもに立ち上がろうとする。


 一刻も早く、この空間から逃げ出そうと試みた。がしかし、その焦った感情では、後の事を考えることもままならず、さらなる問題点に直面することになったのだ。


 その時、将人は自身の裸体を晒すことになった。

 沙織も胸元を隠していたタオルを取っていた事も相まって、二人は生まれたままの姿で向き合うことになっていたのだ。


 昔とは色々と違う。

 将人は、彼女の姿を見て、そう思った。




「な、なにかな?」

「い、いや……なんでも……」


 沙織から上目遣いで問われるが、将人の方も頬を紅潮させ、視線を逸らすように俯く事しかできなかった。


 どうすればいいんだよ、これ。


 こんなにも難しく、気恥ずかしい時間を過ごしているのは、今が初めてかもしれない。




「……み、見たいなら見てもいいけど」


 沙織は今のところ、タオルで胸元を隠すつもりはないらしい。


 普通は隠すだろ……。


 将人は高鳴る感情を思いっきり抑え、自分の方から背を向けた。


 極力、背後は振り返らないつもりだった。


 そう決めたのだが、その直後、背に当たる。


 それはまさしく、沙織のおっぱいだった。


 それを直接肌で感じるのは、今回が初めてだと思う。


 お風呂場からの脱出を試みていたのだが、背後から彼女に抱きしめられ、それどころではなくなっていた。


 沙織の体が温かく感じる。




「沙織、どうしたんだ?」

「……」

「何も言わないとわからないから。俺さ……」


 息を詰まらせる将人は今、振り返らない。

 後ろを見たら、正常な判断が出来なくなると思ったからだ。




「私、昔から想っていたんだからね」

「……」

「私がこんなにも思っているのに、将人って何もしてこなかったじゃない」

「それは、昔からの友達だと思っていたからで」

「だから、何もしてこなかったの?」

「そ、そうだな……」


 沙織は昔から俺の事を――


 沙織の方から、こんなにも大胆に想いを伝えてきているのに、俺は何をしてるんだ?


 羞恥心に押し潰されそうになるのだが、ここでなんの返答もしなかったら、彼女から嫌われてしまうかもしれない。


 そんなのは嫌だった。


 沙織のためにも自分から素直な気持ちを伝えたい。


 だから、婚約式の会場から逃げてきたのだ。


 ここで、奥手になっていたら、今後絶対に後悔すると思う。


 将人は高ぶる胸に手を当て、深呼吸をする。




「あのさ……沙織」

「何かな?」


 沙織の甘い口調で、背後から囁かれる。


 耳元で甘く吐息をかけられ、心が乱れそうになった。


 将人は全力で無心になりつつ、抱きしめている彼女の手を触った。


「俺、前々から伝えたいことがあって」

「……うん」


 沙織の言葉一つ一つに優しさを感じていた。


「本当は、俺の方も好きだったんだ――」


 将人の思い切った発言で、背後から伝わってくる肌の温かさが変わってきた気がした。




「……私も」

「……そうなんだ」


 沙織からはそれ以上に言葉を発することなく、たださっきよりも体を強く抱きしめてきたのだ。


 将人もそれ以上に語る事はなく、その無心な時間を受け入れることにした。






 将人が想いを伝えてからも、沙織からの抱擁が続いていた。


 あれから何分ほど経過しただろうか。


 お風呂場には時計はない。


 もう深夜零時になっているかもしれなかった。


 明日は土曜日であり、焦る必要性はないのだが、今、別の意味でドキドキしていた。


 沙織のおっぱいを背に感じながらの時間は、長く感じる。


 もう少しこの時間が続いてほしいとも思ってしまう。


 でも、気恥ずかしく、複雑な心境に駆られるのだ。




「ねえ、将人」


 沙織から耳元で囁かれた。


 告白後からの彼女の声に、幸せを感じられる。


 親から選ばれた相手と付き合い、結婚するよりも、本当に好きな人と結婚した方がいいに決まっている。


 沙織と肌を接触していると、想いを伝えてよかったと思う。


「私が背中を洗ってあげるね」

「うん」

「タオルある?」

「これだろ」


 将人は自分が使っていた、それを渡す。


 将人は再びバスチェアに腰を下ろした。


 沙織は濡れているタオルを絞り、石鹸で泡立てていた。


「私もね、将人の事が好きだったの。だから、ずっと想っていたんだけど」


 そう言いながら、沙織はタオルで将人の背中を擦ってくる。


「これからは両想いってことだね♡」


 ――と、沙織は嬉しそうに言葉を漏らしていた。

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