第21話 幼馴染と出会った、あの時
だから、彼女の事はわかっているつもりだった。
けれど、将人に対する沙織の恋愛指数が思ったよりも低いのだ。
親しい間柄なのに、どうしても指数が上昇しないのである。
もしかすると、恋愛的な指数とは少し違うとか?
だとしたら、どんな理由が隠れているのか。
葵の指数も一瞬だけしか見えなかったし、人によって表示の仕方が違うだけかもしれない。
表示されている指数は、どんなに他人に対して想いがあったとしても、その子によっては、数値化の反映が遅れるという可能性もある。
今日は沙織の家に泊ることになっている。共に同じ空間で夜過ごす過程で、彼女の事をもう少し観察した方がいいと、自分の中で考えていた。
数値が低かったとして、自分に対する評価が低いわけではないと、将人は自宅近くの駅を後に、沙織と帰宅している途中、何度も自身に言い聞かせていた。
住宅街へ向かい、夜道を歩いている際、将人は彼女から手を握られていた。
七月の気温は高いのだが、夜という事もあり、そして涼しくもあり。沙織の手の温度を程よく感じていた。
一緒に手を繋いで歩いていると、懐かしい記憶が自分の中に蘇ってくるようだった。
最初から仲が良かったとかではなく、出会った当初は、互いに友達の中の一人といった認識だった。
幼馴染と正式に関わるようになったのは、プール教室だった。
両親同士は学生の頃からの友人らしく、そういった繋がりもあり、共に習い事をするようになったと思う。
その経緯は詳しく覚えていないが、何年か前に母親がそんな事を話していたはずだ。
将人はプールが好きだったというわけではなく、ただ両親から半ば強引に入らされた感じだった。
やる気はなかったのだが、一緒に通うことになった沙織がいた事で、多少は心にゆとりを持ち、モチベーションを維持していた。
沙織の方は泳ぐことに関して、幼稚園児の頃から関心があったようで、自身の意思でプール教室での体験会を経て、正式に習うことになった。
沙織とは幼稚園は違ったものの、小学校に入学してからは同じ学校で、その上、同じクラスだった。
学校終わりには、近くのプール教室だったことも相まって、一緒に向かい、毎日三時間程度の練習に励んでいたのだ。
将人はプール教室には乗り気ではなかったが、意外にも素質があったらしい。
始めた頃は将人の方が上手で、沙織は泳ぐのが好きだったのだが、そこまで上達する事はなかった。
小学三年生になった辺り。沙織の口から辞めようかなという発言が多くなり、少々マイナス気味な雰囲気が出始めていたのである。
普段から頑張っている幼馴染が報われないなんて嫌だった。
子供ながら将人はプール教室の担当の先生に、沙織と共に地区大会くらいには出られるようになりたいと相談したのだ。
そのプール教室では、半年に一回、数人のメンバーが選ばれ、地区大会に参加するというイベントがあった。
沙織はプール教室で学び始めた当初から、それに出たいと言っていたのだ。
しかし、どれだけ熱意があったとしても、地区大会に出場するからには、ある程度の実力が求められる。
先生からは無理だと言われ。
将人は、その時、人生の厳しさを知った。
でも、諦めたくなかった。
無理ならば、努力するしかない。
そう思い立ち、将人は夏休みの期間中を使って、二人だけで近くのプール施設に向かい、何も無い時は、ひたすら頑張った。
沙織は無理だからという言葉が口癖だったが、二週間した頃合いから、もう少し頑張ってみるという発言が多くなってきていた。
プール教室では、事前に練習したことを反復するための練習時間として利用していたのだ。
その甲斐もあって、小学四年生の頃には沙織は上達していた。
それと対比するように、将人は地区大会にも出られなくなっていたのだ。
沙織のために時間を裂いており、自分のための努力はしていなかったからである。
元々、プールが好きで教室に通っているわけじゃなかった。
普段から真面目な沙織が辛い顔をしているのが、将人からしたら辛い。
沙織と時間を共にすることが増え、沙織には頑張ってほしいという思いが知らない間に人一倍芽生えていたのだろう。
その頃は恋愛的な想いというよりも、純粋に頑張ってほしいという想いが強く。だから、選手として選ばれなくなっても、そこまで苦しくはなく、沙織の笑顔を見れるだけでも嬉しく感じていた。
「ねえ、コンビニに寄っていく?」
「え。うん。そうするか」
自宅近くのある住宅街周辺には、数か所だけコンビニがある。
一番近いコンビニが今、視界の先にはあったこともあり、少しだけなら問題はないと思い、沙織と入店した。
時刻が一〇時頃だったことも相まって、入店時には数人しかいない。
後は、二人くらいの店員がいる程度。
「ねえ、さっき、何か考え込んでいたの?」
「なんでも、ないから。気にしないで」
「けど、難しい顔をしていたし。やっぱり、会場から逃げ出してきたの、後悔してる感じ?」
「いや、そんな事はないよ」
後悔なんてない。
その地獄から逃げられたと思うと、心が楽に感じる。
その上で胸元が熱くなるのだ。
誰かに、バレないか。
東雲家が近くにいるんじゃないかという疚しい感情は、多少は感じていた。
自分で決めたことなんだと、何度も心に言い聞かせ、軽く瞼を閉じる。
「大丈夫?」
「……」
将人はジュース売り場のところで、瞼を開けた。
「苦しいなら、体が楽になるの買う? ゼリーとか」
沙織から顔を覗き込まれ。
将人は頷いて反応を返す。
「ちょっと疲れていると思うから、私が簡単に選んで買うね。入口のところで待っててもいいよ」
「ありがと」
そう一言だけ残して、コンビニ内のイートインスペースの席で腰かけ待っていることにしたのだ。
三分後。彼女は将人がいるところまで、レジ袋を持ってやってきた。
一旦、コンビニの外に出る。
二人は夜の道を歩き出す。
再び手を繋ぎながら――
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