第20話 一緒に帰らない?

「そこにいるのって、将人?」


 公園の入り口のところで佇む、その彼女は目を凝らし、薄暗い空間に足を踏み込んでくる。


 佐藤将人さとう/まさとは彼女である事を確かめるように、ベンチから立ち上がった。




「……やっぱり、将人なんだよね?」

「そ、そうだけど」


 公園内の電灯に照らされた場所で、二人は出会う。


「でも、どうしてこんなところにいるの? それに、どうしたの、その服は?」


 羽生沙織はにゅう/さおりはまじまじと、将人のスーツ姿を見やっていた。


「これか、それはな、さっきまで会場にいてさ」

「会場って?」


 彼女は首を傾げる。


「まあ、色々とさ。俺の両親は会社を経営しているだろ」

「うん、そうだね」

「だから、その集まりみたいなものさ」


 将人は簡単に説明する。

 東雲葵しののめ/あおいとの婚約のために、その会場に集まったという事は秘密にしておいた。


 そんな発言をしたとしても、互いにとって有益な情報になる事はないからだ。


「集まりがあったんだね。その帰りなの?」

「いや、帰りっていうか。俺は早めに抜けてきたんだ……」


 会場から逃げ出したとか、そんな発言をできるわけでもなく。あっさりと受け流す事にした。


「そう。でも、ちょっと汗をかいてない?」


 沙織から顔をまじまじと見られる。


「え……そ、そうかな」

「でも、今日は暑かったと思うから、スーツ姿だと余計に苦しくない?」

「まあ、暑いな」

「じゃあ、そのスーツを脱ぎなよ。上着だけでもいいし」

「その方がいいよな」


 将人はその場で上着だけ脱ぐ。

 上半身は、白いTシャツとネクタイだけの姿になった。


「将人は、今から帰るのかな?」

「そのつもりだけど……」


 将人には帰る家がない。


 先ほどの会場で大きな失態を犯してしまったのだ。


 普通に家に帰ったとしても、平穏な生活を送る事は出来ないだろう。


「一緒に帰る? 私も丁度帰る途中だったから」

「そ、そうだな。そうするよ。それで、沙織はどうしてここに来ていたの? 買い物?」


 将人は沙織が左手に持っている白の紙袋を見て、そう発言した。


「そうだよ」

「それで、何を買ったの?」

「気になる感じ?」


 沙織は意味深にも遠まわしな言葉の切り返し方だった。


「なんか、聞かない方がよかったとか?」

「そうじゃないけど。知りたいなら教えるよ」


 これって、このまま話を続けた方がいいのか。


 でも、聞いてほしいような雰囲気もあるしな……。


 悩ましいところではある。


「……それで、何を買ったの?」

「下着だけど」


 彼女はサラッと口にした。


「そ、そうか」

「ねえ、気になった?」


 沙織はグッと距離を狭めてくる。


「いや、なんでもない。聞かなかったことで」


 将人は顔を背けた。


「もしかして、恥ずかしいとか?」

「なんか、女の子に対して、そんな事を聞くのはよくないと思って」

「別に、私は気にしないけどね♡」


 沙織は笑みを浮かべているだけだが、その表情に将人は余計に気恥ずかしくなる。


 気まずいというか、余計に沙織の事を女の子として見てしまうだろ……。


 沙織の存在に、自分の感情が誘惑され始めている。


 それを強く、そして熱く心で感じ取ってしまっているのだ。




「ねえ、この前の話なんだけど、結婚の事は考えてくれた感じ?」


 女子更衣室での件である。


 将人は、あの日の時の事を脳内で再生し始めるのだ。


 まだ、将人の方からはハッキリとした返答はしていない。


 彼女の方からもハッキリとした告白をされたわけでないからだ。




 将人は沙織の恋愛指数を見ることにした。

 けど、指数の様子がおかしい。

 前回は23あった指数が、9になっていたからだ。


 え……どういう事?


 沙織の頭上に表示されている指数は一体、何を示しているのだろうか。


 恋愛的な意味合いではないのか?


 前回は、心の距離が狭まったから指数が上昇したわけではない?


 まったくわからず、戸惑うばかりだった。




「なに? 私の頭に何かあるの?」

「え……いや、何でもないよ。ちょっと埃があって」


 将人は動揺したまま、沙織の指数を触るような感じで、彼女の頭を撫でてしまったのだ。


「⁉ ど、どうしたの急に?」

「ご、ごめん、えっとさ、埃があったから」


 そう言って、将人は手の平を見るのだが、何もなかった。


「埃は?」

「俺の見間違いだったかも」


 物凄く気まずくなった。


 こんな時、なんて言えばいいんだよ。


「……でも、ありがとね。色々と」


 沙織からは突然感謝されたが、将人は何も言えなくなっていた。


 薄暗い公園で佇み、向き合う二人は、それから無言になった。




 将人は思い出す。

 今、会場から逃げ出していたことに。

 できる限り、遠くに行かないといけない。


 これ以上、沙織とは長居できないと思い、別の方を見やった。


 沙織には迷惑なんてかけたくない。


 今のところは、誰も追いかけてきている気配はないが、安心はできなかった。


 将人は公園から出ようとする。

 その時、手首を掴まれた。


「どこに行くの?」


 沙織から向けられる不安そうな顔。


「やっぱり、用事があって」

「でも、さっきは一緒に帰るって」

「そうなんだけどさ」

「……もしかして、将人って会場から抜け出してきたんじゃなくて。逃げてきたんでしょ?」

「え、い、いや」

「そんな嘘を付かなくてもいいよ。だって、さっき、街中で東雲家らしき人が歩き回っていたから。そうなのかなって」


 沙織には感づかれていたようだ。

 隠し事をしても何の意味もないことに気づいた。


「将人も大変だね……えっとさ。将人が良ければなんだけどさ」

「うん」

「今日、私の家に泊らない?」


 彼女の口から誘いのセリフが告げられる。


「で、でも、将人が嫌だったら、それでいいんだけど。今日は両親もいないし」

「そ、そうなんだ」


 沙織の家に両親が不在なのか⁉


 これは色々な意味でチャンスかもしれない。


「じゃあ、そうするよ」


 今日は沙織の家に泊ろうと思う。


 今から自宅に帰宅したとしても、自分の居場所なんて存在しないと思うからだ。


「ねえ、手を繋がない?」

「うん」


 将人は彼女に合わせるように、電灯に照らされた公園で、ひっそりと程よく温かくなった手を繋ぎ合わせた。


 二人は暗闇に交じり込むように、公園近くの駅へと向かうことになったのだ。

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